最新記事

ロシア

金正恩氏の「国民虐待」にロシアが手を貸し始めた

2017年2月7日(火)10時59分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

Sergei Ilnitsky-REUTERS

<北朝鮮の人権侵害に中国は間接的ながら加担してきたが、このたびロシアもその「仲間」に加わった。昨年ロシアと北朝鮮が結んだ協定に基づき、ロシアで20年近く暮らしてきた北朝鮮人が強制送還される危機に瀕している>

ロシアで20年近く暮らしてきた北朝鮮労働者が、ロシア警察に逮捕され、強制送還される危機に瀕している。

国際社会から自国民に対する人権蹂躙を非難され続けている金正恩体制だが、北朝鮮と国境を接する中国も、間接的ながらそこに加担してきた。脱北者が国に連れ戻されたら収容所での虐待を免れないと知りながら、北朝鮮から逃れてきた人々を摘発して強制送還してきたのである。

(参考記事:刑務所の幹部に強姦され、中絶手術を受けさせられた北朝鮮女性の証言

そのため、誰にも法的な保護を求められない脱北者たちは、中国の地においてさらなる人権侵害に苦しむことにもなっている。

(参考記事:中国で「アダルトビデオチャット」を強いられる脱北女性たち

そしていま、ロシアまでがそこに加担しようとしているのだ。

ロシア・サンクトペテルブルクのオンラインニュースサイト「フォンタンカ」によると、北朝鮮労働者のチェ・ミョンボクさんは先月、警察当局に逮捕され、レニングラード州ブセボロジュスクの裁判所から強制送還命令を受けた。

チェさんは現在、不法滞在者収容所に収監されており、強制送還命令は今月10日に執行される予定だ。今回の決定は、ロシアと北朝鮮が昨年2月に結んだ「不法入国者と不法滞在者収容と送還に関する協定」に基づいたものだ。同協定に対しては、ロシアが脱北者を北朝鮮に送還する根拠となると批判の声が上がっていたが、それが現実のものとなろうとしている。

ロシアの人権団体「メモリアル」のオルガ・ツェイトリナ弁護士は、チェさんの強制送還を防ぐためにロシア連邦保安庁(FSB)を訪問し、担当者に「強制送還されれば処刑される可能性がある」などと説得したものの「全く理解されなかった」(ツェイトリナ氏)。

そのため同弁護士は、フランス・ストラスブールの欧州人権裁判所(ECHR)と国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に人身保護請求を申し立てるなど、あらゆる手立てを講じている。

ちなみに、FSBの前身は旧ソ連時代の諜報・公安機関、国家保安委員会(KGB)である。旧ソ連において、反体制派の摘発・弾圧を行ってきた同じ組織が、北朝鮮による同様の行為を手助けしようとしているわけだ。

北朝鮮出身のチェさんは、ロシア沿海州に派遣され働いていたが、1999年に職場から脱出した。韓国に行くこともできたが、当時は今ほど情報が多くなかった上に、北朝鮮に残してきた家族に累が及ぶことや、自身が逮捕されることを懸念し、サンクトペテルブルクで隠遁生活を送ってきた。

チェさんと同様の状況に置かれた脱北者は最大で数百人に上ると見られており、中には20年間も外国をさまよった人もいる。

日本政府は、日本人拉致問題を解決するための取り組みの一環として、国連における北朝鮮の人権問題追及をリードしてきた。北朝鮮の人権問題の改善を目指す国際協調が、拉致問題にプラスの影響をもたらすと考えてのことだろう。ならば、ロシアが北朝鮮の人権侵害に加担することは、日本の取り組みが後退することを意味するはずだ。

安倍政権はこのような動きを、絶対に黙って見過ごすべきではない。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

インド中銀総裁「低金利は長期間続く」=FT

ビジネス

シャドーバンキング、世界金融資産の51% 従来型の

ワールド

ロシア財政赤字、2042年まで続く見通し=長期予測

ワールド

スーチー氏の健康状態は「良好」とミャンマー軍政、次
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を変えた校長は「教員免許なし」県庁職員
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    「住民が消えた...」LA国際空港に隠された「幽霊都市…
  • 7
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 8
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 9
    FRBパウエル議長が格差拡大に警鐘..米国で鮮明になる…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 8
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中