最新記事

北朝鮮

北朝鮮外交官は月給8万円、「誰も声をかけてこない」悲哀

2017年1月19日(木)11時55分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

Jason Lee-REUTERS

<韓国に亡命したテ・ヨンホ元駐英公使によれば、北朝鮮の外交官は特権階級とはいいがたい。給料は安く、家族は政府の人質にされ、他国の外交官からは......> (写真は在北京北朝鮮大使館の外壁)

 世界有数の人権侵害国の外交官はどんな想いで働いているのか。普段知りえない北朝鮮外交官の素顔を、韓国に亡命したテ・ヨンホ元駐英公使が韓国紙に明かした。

 1993年から昨年7月の亡命直前まで外交の一線にいたテ氏は現在、韓国の情報機関・国家情報院傘下のシンクタンクである国家安保戦略研究院の諮問委員となり、北朝鮮の体制批判を積極的に行っている。そのいくつかは本欄でも紹介した通りだ。

(参考記事:北朝鮮で「エリート学生を大量処刑」か...亡命外交官が明かした新情報

 テ氏が明かす秘話は興味深いものばかりなのだが、北朝鮮の「外交官ウラ話」もそのひとつだ。韓国紙のインタビューの中から、いくつかのエピソードを拾い上げてみよう。

家族が人質に

 日本などでは「秘密の経費」を使い放題と思われがちな外交官だが、外貨獲得に苦しむ北朝鮮ではそうもいかないようだ。テ氏は昨年12月27日にあった合同記者会見の席で「駐在国によって異なるが、大使は月給1000~1100ドル(約11万3000円~12万4000円)、公使は700~800ドル(約8万~9万円)程度」と明かしている。

 物価の高い先進国で、外交官の体面を保ちながら家族を養うのは難しい額だ。そのため、「大使館で集団生活を行い光熱費を浮かせることでしのいでいる」という。それでも足りないため、外交特権を悪用したきわどい「副業」で生計を補う。これには後述する本国への「外貨上納ノルマ」も関連している。

 テ氏は北朝鮮外交官の悲哀について「国際的な行事があっても胸に金日成、金正日バッジをつけた我々には、誰も声をかけてこない」と明かしている。せっかく声をかけてきた他国の外交官も「そのバッジは誰だ、張成沢(チャン・ソンテク、2013年に処刑された金正恩氏の叔父)の粛清は本当か」などの答えたくもない質問を浴びせてくるだけだという。

 テ氏はまた、「うつ病になる外交官やその妻が多い」と語っている。これは北朝鮮当局が外交官の亡命を恐れ、家族のうち1人を「人質」として国に残すよう強いているためだ。前述のように外交官の給料は多くないため、本国に仕送りもできず「バナナを食べても残してきた家族が気になる」とテ氏は語る。肩身の狭いことと合わせて強いストレスにさらされていることが分かる。

 こうした事態を避けようと「30代の若い外交官の10人に9人は子どもを一人だけ作る」という。2人の場合は否応なく1人を残さなければならないからだ。テ氏には妻との間に2人の息子がおり、幸運にも全員揃って韓国入りしたとされているが、実は娘が北朝鮮に残っているという噂もある。

それでも「特別」な存在

 テ氏は在外公館には「外貨の上納ノルマ」は無いと昨年12月27日の合同記者会見の席で明かしている。ただ、北朝鮮の外務省事業庁では、在外公館別に平壌に送った外貨の額を評価基準として論功行賞を行っており、これが外交官のキャリアに影響を与えるというから、事実上のノルマと言って良いだろう。

 在外公館には貿易省から派遣されている経済官吏もおり、こうした人物が主に外貨稼ぎにあたるのだそうだ。ただ現実として、外貨稼ぎの過程で逮捕・追放された北朝鮮外交官も多い。ロンドンなどの重要都市においてはともかく、アジアやアフリカの小国の在外公館では、総出で外貨を稼ぎ、せっせと金正恩氏に送っているものと見られる。

 テ氏は、北朝鮮の外交の特徴として「あらゆる世論の制約を受けないところ」を挙げる。北朝鮮では、外交官の不手際で国益が損なわれたとか、対面が傷ついたとか、そのような報道がなされることはない。問われるのは過程ではなく、結果であるということだ。だからこそ、北朝鮮の外交官は「金正日と金正恩の指示に従い崖っぷちまで行くことができる」という。

 こうしたミッションをこなす外交官の地位は特別だとも明かす。「金正日時代、外交官の中で粛清された人物は誰もいない。金正恩も他の部署は思い通りに扱うが、外交官だけは別だ」というのだ。その理由についてテ氏は、正恩氏が幼いころから海外で暮らしたため、外交官と身近に接してきたことが大きいと分析している。

(参考記事:報復殺人と「秘密の饗宴」、そして女性遍歴...北朝鮮外交エリートの実像

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル、イランとの停戦支持 レバノンは対象外と

ワールド

米イラン一時停戦を歓迎、重要なのは早期の最終合意=

ワールド

イラクの原油輸出、ホルムズ海峡再開で1週間以内に戦

ワールド

金価格3週間ぶり高値、米のイラン攻撃一時停止でイン
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプの大誤算
特集:トランプの大誤算
2026年4月14日号(4/ 7発売)

国民向け演説は「フェイク」の繰り返し。泥沼化するイラン攻撃の出口は見えない

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 2
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライナ軍司令官 ロシア軍「⁠春の​攻勢」は継続
  • 3
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命防衛隊と消耗戦に
  • 4
    米軍が兵器を太平洋から中東に大移動、対中抑止に空白
  • 5
    「王はいらない」800万人デモ トランプ政権への怒り…
  • 6
    「高市しぐさ」の問題は「媚び」だけか?...異形の「…
  • 7
    【後編】BTS再始動、3年9カ月の沈黙を経て──変わる音…
  • 8
    韓国、生理用品無償支給を7月から開始 靴の中敷きで…
  • 9
    5日間の寝たきりで髪が...ICUに入院した女性を襲っ…
  • 10
    人口減の自治体を救う「小さな浄水場」──誰もが常に…
  • 1
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 2
    イラン戦争の現実...アメリカとイスラエル、見え始めた限界
  • 3
    「考えの浅い親」が子どもに言ってしまっている口ぐせ・ワースト1
  • 4
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅…
  • 5
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライ…
  • 6
    攻撃開始日も知っていた?──イラン戦争を巡る巨額取引…
  • 7
    なぜイスラエルは対イラン戦争を支持するのか...「イ…
  • 8
    【銘柄】イラン情勢で一躍脚光の「NEC」 防衛・宇宙…
  • 9
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命…
  • 10
    米軍が兵器を太平洋から中東に大移動、対中抑止に空白
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 4
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅…
  • 5
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...…
  • 6
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 7
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 8
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 9
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 10
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中