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都会の部屋は「狭い」がクール

2016年11月15日(火)11時15分
ジョナサン・グランシー(建築・デザイン担当)

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マンハッタンで建設中のカーメルプレース Richard Levine-Corbis/GETTY IMAGES

独身者にはいいけれど

 物珍しさもあり、民泊サービスのAirbnb(エアビーアンドビー)で貸し出されている部屋もあるが、カプセルは住居としては狭過ぎる。黒川が生んだ大量生産型の都市住宅は風変わりな建築としては愛されても、住宅市場に受け入れられる物件ではなかった。

 さらに哀れなのが、モスクワのナルコムフィン・アパートメントだ。ソ連時代の建築家モイセイ・ギンズブルグとイグナティ・ミリニスが手掛け、32年に完成したこのユニット形式の集合住宅は、キッチンや洗濯室を共同で使う設計だった。

 社会主義的住居の手本とされた傑作だが、住人は独立した生活を望み、思惑どおりにはいかなかった。現在はアーティストのアトリエなどとして使用されている以外は空き室ばかりで、厄介者扱いされている。

 04年、ショッピングセンターのオープン式典で、当時のモスクワ市長ユーリ・ルシコフは老朽化したナルコムフィンを指してこう言ったという。「あんなゴミではなく、真新しいショッピングセンターがこの町にあるのはうれしいことだ」

【参考記事】光と優秀な人材を取り込む「松かさ」型ラボ

 こうした失敗にもかかわらず、理想を抱く都市計画の専門家や建築家はミニマル住宅の普及を推し進めている。その一例が、中銀カプセルタワーと同様の発想に基づくプロジェクト「カシータ」だ。

 生みの親である環境学者で起業家のジェフ・ウィルソンは、床面積約3平方メートルの金属製ゴミ収集庫を住居に改造して暮らしたことで知られる人物。カシータの住居はワインラックにボトルを入れるように、鉄鋼製のプレハブ式ユニット(面積は約30平方メートル)をフレームにはめ込む仕組みになっている。

 目的は住居の可動性だ。引っ越すときはユニットを引き抜いてそのまま運び、転居先のフレームにはめ込めばいい。

 確かに、住まいを丸ごと移動するというアイデアには魅力がある。しかし狭小アパートに付きまとう大きな疑問は拭えない。都会のマイクロハウスは独身の若者にはいいかもしれないが、その若者が誰かと出会って、家庭を築くことになったら?

 多くの場合、彼らはもっと広い家に引っ越すだろう。ミニサイズの家が増えるほど、都市中心部の人口流動性は高まる可能性がある。言い換えれば、住民の入れ替わりが激しくなり、安定したコミュニティーの形成が阻まれるということだ。

 再びブームを迎えた極小アパートはいずれナルコムフィンのように疎まれ、誰も住まない廃墟になってしまうのか。マイクロタワーは時代の先端かもしれないが、人間の生活は時とともに移り変わる。最低限のスペースで暮らし続けるのは、多くの人にとって無理な話だ。

[2016年11月15日号掲載]

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