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特別講義「混迷のアメリカ政治を映画で読み解く」

トランプの「前例」もヒラリーの「心情」も映画の中に

2016年11月7日(月)15時12分
藤原帰一(東京大学大学院法学政治学研究科教授)

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ニューズウィーク日本版創刊30周年記念イベントでの講演の様子


『ネットワーク』
 1976年、監督/シドニー・ルメット

 次はとても優れた『ネットワーク』という作品。私の世代では観た人が多く、テレビ局にお勤めの方は身につまされる作品じゃないかと思います。何と言ってもテレビではニュースの時間は視聴率が取れない。架空のテレビ局UBSは3大ネットワークに視聴率に負けてばかり。その中で、長年ニュースキャスターを務めてきたまじめな男が、人員整理でクビになってしまう。男がそれにショックを受けて、番組の中で自殺予告をする。「僕のやることはなくなった。死ぬぞ」と言ったら、とたんに視聴率が上がった。

 彼は自殺をする代わりに頭がおかしくなって、テレビのニュース放送でテレビ業界の欺瞞を告発します。「俺たちは頭にきた。こんなことはもう我慢できない。立ち上がれ!」と、叫ぶ。ニュースキャスターとしてありえないことをやるわけですが、彼がそうすると、街中の人たちが窓を開けて「こんなことは我慢できない!」と叫ぶ。「我慢できないぞ!」という声が街中に響き渡る。それに目を付けたのがフェイ・ダナウェイ演じるプロデューサー。「ニュースなんかいらない」といっていたその人が、「これは話のタネになる」と考えて、言ってみれば「狂える預言者」を主人公にしたニュースというバラエティ番組を始めます。

 ここでのポイントは、事実の報道などどうでもいい、ということ。「狂える預言者」が「俺たちはこんなこと我慢できない!」と絶叫したあと、発作のように倒れてしまう。それを毎回の売り物にするわけですね。おかしな人がおかしなことを言うことに、みんなが目を付ける......どこかで見たことがありますよね。ドナルド・トランプそのものでしょう? トランプ氏はアメリカの政治ではありえないことを言い続けてきました。女性を誹謗中傷し、ラテン系の有権者を誹謗中傷し、アフリカ系の有権者を誹謗中傷する。このような言葉はアメリカの政治ではありえないんですね。

 アメリカの政治は言っていいことと悪いことの区別が非常にはっきりしている。その中で、トランプ氏はごく普通に使われる言葉を使いながら、例えば自分に厳しいことを言った女性のニュースキャスターについて、ここで紹介するのがはばかられるような発言をする。そのような言葉をテレビで放送してはいけないのですが、それによって支持が集まってしまう。表では言えない悪口を堂々と言う。それが結果的に、これまでにない支持を集める候補をつくり出す。トランプ氏が立候補した段階で、アメリカではすぐに「『ネットワーク』みたいだ」と言われました。私はトランプ氏の原稿を書く時、ときどき『ネットワーク』のさわりを見るんですが、「本当にそうだなあ」と思いながら、「いや映画よりトランプの方がずっとひどい」と感じながら見ています。

【参考記事】対談(前編):冷泉彰彦×渡辺由佳里 トランプ現象を煽ったメディアの罪とアメリカの未来


『市民ケーン』
 1941年、監督/オーソン・ウェルズ

 ここでご紹介したいのですが、トランプ氏が好きだという映画が1本あります。それは『市民ケーン』。トランプ氏にしてはずいぶん教養のある選択だと思いますが、市民ケーンはオーソン・ウェルズの傑作です。主人公ケーンは親から相続したカネを潰れかかった新聞に注ぎ込む。そして新聞で世論をあおりたてる報道をして、さらに政治家に立候補して落選する。ケーンは人に愛されたいと願いながら、人を愛することができない人物。だから最後は孤独の中で死ぬことになる。言うまでもなくトランプ氏は、人に愛されることばかり考えているけれど、人を愛するということができない。チャールズ・フォスター・ケーンとトランプ氏のどこに違いがあるか、というとケーンには哀愁がある。一方のトランプに哀愁などありません。

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