最新記事

フィリピン

ドゥテルテ大統領、虚偽の数字でフィリピン「麻薬戦争」先導か

2016年10月28日(金)10時55分

 実際には、2016年の統計が対象としている時期の大半に、大統領の座にあったのはアキノ氏である。警察データからは、2015年1月から8月にかけて、重大犯罪は前年同時期に比べて22%減少した。2014年には26%減少している。

 犯罪発生率はここ数年にわたって低下してきたが、ドゥテルテ政権下では、麻薬撲滅作戦の開始以来、殺人の発生率が上昇している。ドゥテルテ政権になってから最初の3カ月で、警察は3760件の殺人事件を記録しており、前年同期の2359件に比べ59%も増加している。

 フィリピン国家警察のディオナルド・カルロス広報官は、「昨年に比べれば今年の方がいい」と話している。「被害者の多くは麻薬使用者だ」

 ドゥテルテ大統領が22年間にわたって市長を務めたダバオ市でも、やはり同じように凄惨な麻薬取り締まりを主導。人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチによる2009年の報告書では、ダバオ市では数百人もの麻薬密売の容疑者、軽犯罪者、ストリートチルドレンが暗殺部隊によって殺害されたという。ドゥテルテ大統領は、これらの殺害のいずれについても関与を否定している。

 だがこうした取り締まりにもかかわらず、2010年から2015年の警察犯罪データによれば、ダバオ市は依然として、フィリピン15都市のなかで殺人事件の件数で1位、強姦事件の件数では2位にランクされている。

シャブとマリファナの違い

 さらに、フィリピンの麻薬対策当局の上層部は、重度の麻薬常用者の数や彼らが使用している薬物、そして必要とされる治療を特定する際にも、矛盾する、あるいは不完全なデータを頼りにしている。

 DDB調査ではシャブ使用者を約86万人としているのに対し、PDEAのビラヌエバ氏は140万人という数字を挙げている。ビラヌエバ氏は、彼自身の方法で確認した140万人のシャブ使用者のうち、約70万人は麻薬使用者や密売人としてすでに「自首」したと言う。

「すでに需要の半分は排除した」と同氏は語る。

 だが、麻薬中毒治療の専門家はこれに異議を唱える。「自首」した人々の麻薬使用の深刻度が不明だからだ。フィリピン保健省の広報担当者は、「自首者」のうちどれくらいが医学的な診察を受けたのかは分からないという。

 これは問題だ、とアデレード大学の治療専門家であるアリ氏は言う。なぜなら、「麻薬使用は必ずしも麻薬依存ではない」からである。アリ氏によれば、「シャブ」使用者のうち施設での治療が必要なのは約10─15%にすぎない。この試算はアリ氏自身の臨床体験と、英国における治療機関の経験に基づくものだという。

 DDB調査は、麻薬使用者と重度の常用者を区別していない。

 DDBのレイエス委員長は、DDBでは重度の常用者の数を計算するうえでUNODCによる世界的な試算値を用いていると話す。それによれば、麻薬使用者の0.6%が重度の常用者で、治療を必要としているという。

 同氏は、この数字を1%に切り上げてフィリピンの麻薬使用者180万人に適用し、フィリピンには治療を必要とする麻薬使用者が最大で1万8000人いると結論づけている。

「たいした人数ではない」と同氏は言う。

 だがレイエス氏によれば、仮にフィリピン国内の麻薬使用者がドゥテルテ氏の主張よりも大幅に少ないことが広く知られたとしても、麻薬戦争に対する国内の支持が変わることはないだろうとも指摘する。「この問題に断固たる手法が必要との認識に変わりはない」

 (翻訳:エァクレーレン)

 Clare Baldwin and Anderw R.C. Marshall

[マニラ 24日 ロイター]


120x28 Reuters.gif

Copyright (C) 2016トムソンロイター・ジャパン(株)記事の無断転用を禁じます

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:ロシア社会に迫る大量の帰還兵問題、政治不

ワールド

カーク氏射殺、22歳容疑者を拘束 弾薬に「ファシス

ワールド

米、欧州とともにロシア非難の共同声明 「NATO領

ワールド

ウクライナ「安全の保証」策定急務、ポーランド領空侵
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 2
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    「AIで十分」事務職が減少...日本企業に人材採用抑制…
  • 9
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 10
    毎朝10回スクワットで恋も人生も変わる――和田秀樹流…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 6
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 7
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 8
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 9
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 10
    眠らないと脳にゴミがたまる...「脳を守る」3つの習…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 4
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 5
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中