最新記事

北朝鮮

「拷問部隊」の脱北に苛立ち...「どいつもこいつも逃げやがって!」

2016年10月13日(木)16時32分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

KCNA-REUTERS

<国外にある北朝鮮レストランのウェイトレスから、金正恩(キム・ジョンウン)党委員長の「健康管理役」まで、脱北者が相次いでいる。さらには韓国の聯合ニュースが、秘密警察の幹部までが国を捨て、韓国に入国していたと報道。体制の動揺が着実に拡がっている> (上:昨年、朝鮮中央通信〔KCNA〕が公表した写真)

 韓国の聯合ニュースは12日、北朝鮮事情に詳しい消息筋の話として北朝鮮の秘密警察「国家安全保衛部(以下:保衛部)」の局長級のA氏が脱北し、昨年、韓国に入国したものと報じた。

女子大生まで拷問

 保衛部は、職員・協力者を合わせ数十万人の情報網を北朝鮮社会のあらゆる場所に張り巡らせ、国民の一挙手一投足を監視している。ナチス・ドイツのゲシュタポ、第二次世界大戦中の日本で暗躍した特別高等警察のような治安機関だ。

(参考記事:口に砂利を詰め顔面を串刺し...金正恩「拷問部隊」の恐喝ビジネス

 強制収容所も運営する保衛部は、強引な取り締まりを厭わない。今年4月には韓流ビデオを保有していたという罪で女子大生を拷問するなど、まさに恐怖政治の象徴だ。

(参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

 保衛部のトップである金元弘(キム・ウォノン)部長は金正恩党委員長の最側近のひとりとして知られている。韓国政府は、正恩氏が執権してからの約5年間で、次官級以上の幹部100人が銃殺されたり、粛清されたりしたと見ているが、そんな中にあって、正恩氏から揺るがぬ信頼を寄せられていると見られる数少ない幹部のひとりが、金部長である。

 ただし、こうした保衛部要員の脱北が相次ぐと、金部長の責任問題、すなわち粛清に及びかねない。

正恩氏がブチ切れて銃乱射?

 聯合ニュースによると、脱北したA氏は韓国の関係機関に対して「平壌の民心は熱い」と供述したという。これは金正恩氏に対する北朝鮮住民の民心が悪化しているという意味とのこと。また、A氏の脱北と関連して金正恩氏が次のように不快感をあらわにしたと報じた。

「どいつもこいつもよく逃げると思ってたら、ついには保衛部まで逃げやがった!」

 聯合ニュースは8月に、正恩氏が「『米国が自分を人権犯罪者扱いしている』と言って激怒し、拳銃に実弾を装填して辺りに乱射した」と報じたことがある。あくまでうわさのようだが、事実ならば米国に対してだけでなく、保衛部をはじめ、次々と逃げていく党・国家機関の要人に対する正恩氏の苛立ちのあらわれだったのかもしれない。

 いずれにせよ、金正恩氏の処刑部隊でもあり拷問部隊でもある国家安全保衛部の間でも、体制に対する動揺が拡がっていることは間違いないようだ。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ――中朝国境滞在記』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)がある。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア、西側との戦いに応じる用意 外相がウクライナ

ワールド

アムステルダム大学、警察が反イスラエル活動を排除

ビジネス

日経平均は反発で寄り付く、指数寄与度大きい銘柄に買

ビジネス

野村HD、2030年度の税前利益5000億円超目標
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    年金だけに頼ると貧困ライン未満の生活に...進む少子…

  • 5

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「人の臓器を揚げて食らう」人肉食受刑者らによる最…

  • 9

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 10

    自宅のリフォーム中、床下でショッキングな発見をし…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中