最新記事

心理

大人になっても続くいじめの後遺症

2016年7月25日(月)15時40分
ケイト・バッガリー

 違いといえば、APBSの人は突然怒りを爆発させる傾向が少ないこと。「PTSDの人はトラウマを内面化させるので、神経系に影響が及ぶ」と、デラーラは言う。「彼らはつらい経験を思い出すきっかけがあると、危険から身を守らなくてはと感じてすぐに症状が出る」

 APBSは導火線がもっと長く、すぐに過剰反応を起こすことはない。彼らは起きた事態についてじっくりと考えるからだ。

 デラーラはもう1つ違いを発見した。APBSでは時に、いじめられた経験がポジティブな結果を生むことがあるようなのだ。彼女がインタビューした人の47%が、自分の経験から内面の強さや自立心といった有益な何かを手に入れたと話した。共感する力を身に付けたり、他人を大事にしたり、何かを成し遂げようと決意した人もいた。

【参考記事】「ジカ熱懸念」で五輪を辞退するゴルファーたちの欺瞞

人格上の欠点ではない

 明るい側面が生まれたのが遺伝的な要素のせいなのか、家族や友人の支えのおかげなのかは分からない。1つ分かっているのはPTSDの人と違って、APBSの人は世界を恐ろしい場所と考えていないことだ。 

 もちろん、いじめは深刻な被害をもたらす。プラスの側面があるからといって、いじめがいいということにはならない。

 デラーラは、APBSという名前を付けることで有効な治療法が見つけられればいいと考えている。ある男性はAPBSという概念のおかげで、自分の反応は正常であり、人格上の欠点ではないことが理解できたと語ったという。彼らは、そうした症状があるのは自分だけではないことに気付いていないのだ。

 デラーラはいじめの長期的な影響や、その治療法について調査を続ける予定だ。

 子供時代のいじめの精神的影響を研究している英ワーウィック大学のディーター・ウォルク教授も、いじめが長期にわたって計り知れない心理的ダメージを残すことがあると指摘する。

 ただし彼は、そうした症状に新たな用語を使うことには積極的でない。「新しい名前を考案することに大きな価値はない」と、彼は言う。それよりもいじめの話題を患者にきちんと持ち出せるよう、医師たちが訓練を受けることのほうが重要と考えているからだ。

 はっきりしているのは、子供時代に受けたいじめを乗り越えた大人もいれば、今も悩む大人もいるということだ。いじめの苦しみがどんな形で現れるかについての研究は始まったばかり。APBSという名前が今後も使われるかどうかにかかわらず、つらい症状を和らげるための研究は、多くの人の役に立つ。

© 2016, Slate

[2016年7月19日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米「MSNBC」が「MS NOW」へ、コムキャスト

ビジネス

米8月住宅建設業者指数32に低下、22年12月以来

ワールド

ハマス、60日間の一時停戦案を承認 人質・囚人交換

ワールド

イスラエル、豪外交官のビザ取り消し パレスチナ国家
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
2025年8月26日号(8/19発売)

中国の圧力とアメリカの「変心」に危機感。東アジア最大のリスクを考える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    AIはもう「限界」なのか?――巨額投資の8割が失敗する現実とMetaのルカンらが示す6つの原則【note限定公開記事】
  • 4
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 5
    【クイズ】2028年に完成予定...「世界で最も高いビル…
  • 6
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 7
    アラスカ首脳会談は「国辱」、トランプはまたプーチ…
  • 8
    「これからはインドだ!」は本当か?日本企業が知っ…
  • 9
    恐怖体験...飛行機内で隣の客から「ハラスメント」を…
  • 10
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 4
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 5
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 6
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 7
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 8
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 9
    「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」(東京会場) …
  • 10
    【クイズ】アメリカで最も「盗まれた車種」が判明...…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 10
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中