最新記事

援助

いとうせいこう、ハイチの産科救急センターで小さな命と対面する(8)

2016年7月19日(火)17時00分
いとうせいこう

無事に生まれたばかりの三つ子(少し小さめ)が眠る(スマホ撮影)

<「国境なき医師団」の取材で、ハイチを訪れることになった いとうせいこう さん。取材を始めると、そこがいかに修羅場かということ、そして、医療は医療スタッフのみならず、様々なスタッフによって成り立っていることを知る。そして、「産科救急センター」を取材する>

これまでの記事:「いとうせいこう、『国境なき医師団』を見に行く前回はこちら

産科救急

 ポルトー・プランスの中心部にあるCRUO(産科救急センター)に俺たちはいて、やがて明るく活発な病院長のハイチ人女性ロドニー・セナ・デルヴァを紹介してもらい、全体を見学させてもらうことになった。

 玄関の受付にはトリアージを行う場所があり、すぐ近くに緊急患者を診察する部屋があって、7つのベッドが用意されていた。薄暗い廊下を隔てた反対側は分娩室で、つまり"着いたらすぐに産める"状態になっていた。それをロドニーさんはにこにこ説明してくれた。

 廊下をそのまま行くと両側に部屋が続き、それぞれにベッドがあった。どこからか赤ん坊の声が聞こえ、扉の奥をのぞき込むと生まれたてらしい乳児がタオルに包まれ、母親に抱かれているのが見えた。

 ほほ笑ましい気分になっていると、後ろから紘子さんが小さな声で情報を補った。


「ここで乗り切れない場合は、あっちに移します」

 指さす先にはプラスチックの保育器が廊下のひんやりした日陰にあった。生まれてきても危険領域にある場合、子供はそこに入れられて別の部屋に入るのだった。

お腹の中で子供が死んでいると言われたの

 病院には他に妊産婦のためのメンタルケアの部屋が用意されていたし、血液検査室もあった。至れり尽くせりの状況を、スタッフたちは自力で作り出していた。

 最も多いのは妊婦たちが控える部屋で、幾つかあったと思う。そのひとつからじきに産気づく声がして、オーオーと地の底を這うようなうめきになった。慣れずにおののいているのは俺一人で、各スタッフも入院女性たちも何も気にしていない様子だった。子供が産まれてくる前の苦しみを、誰もが当たり前のこととして共有しているようなのだ。

 廊下の先に別称「カンガルー室」と呼ばれる新生児たちの部屋があった。中に入ると、20ベッドとずいぶん広かった。6つくらいのベッドにすでにお母さんたちが寝たり座ったりしていて、一様にライトグリーンのチューブトップを上半身に着ていた。その部屋では、成育状態のよくない乳児のお腹側をカンガルーのように肌と肌をつけて母親の胸に抱えるのだった。これはコロンビアで長く行われている「発達ケア」だそうで、未熟児への効果が大きいので取り入れているのだそうだった。

 実際、どの子供も小さかった。動きも気のせいか鈍く、中には表情の読み取れない子供もいた。それをある母は胸に入れて仰向けになり、ある母はいったん取り出してベッドに寝かせていた。静かな部屋だった。

 中の一人、ダディ・セインビルさんがベッドに腰かけ、ふくよかな胸の下に乳児を抱いて、注射器から針の部分を取ったものをくわえさせて飲み物を与えていた(哺乳器からミルクを吸う力がないからだ)。生まれて数週間の女の赤ちゃんにはサラ・ウリカ・タイルスという名が付いていた。

ito2.jpg

 聞いてみると、妊娠したダディをそこに連れて来たのは、彼女の姉だそうだった。

 何かトラブルがあったらMSFに助けてもらえ、というのがそもそも家族の助言だったという。だからダディはそこに来た。

 けれど帝王切開で産まれてきたサラ・ウリカは心臓が悪く、なかなか退院出来ないのだという。早く自分の村に帰りたいのだけれど、とダディは言った。

 心臓に障害のある子供を抱えて、これからの生活への不安も大きいだろうと思った。目をつぶってミルクを口にふくまされているサラ・ウリカちゃんを、俺はじっと見た。

 するとダディが言い出した。
 「最初はお腹の中で子供が死んでいると言われました」

 どうやら産まれる直前まで、別の病院で看てもらっていたらしいのだった。彼女はそこからこの産科救急センターに移って来たのだ。ダディは赤ん坊の世話をしながら続けた。

 「だけど、あたしにはわかった。この子は死んでなんかいない。だから産むと言った。お医者さんはあたしが狂っていると言いました。そこでこの病院に駆け込んだんです。おかげであたしはこの子を産めました」

 そして最後の言葉を、ダディは注射器の先を天に向けて言った。


「MSFのスタッフに感謝します」

 彼女は不安より喜びをあらわしたのだった。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

米NASA、アルテミス計画で複数社競争の意向=ダフ

ワールド

トランプ氏、習氏と公正な貿易協定協定に期待 会談で

ワールド

ゼレンスキー氏、トランプ氏との会談「前向き」 防空

ワールド

ゼレンスキー氏、ウクライナ支援「有志連合」会合に出
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 7
    TWICEがデビュー10周年 新作で再認識する揺るぎない…
  • 8
    【インタビュー】参政党・神谷代表が「必ず起こる」…
  • 9
    ニッポン停滞の証か...トヨタの賭ける「未来」が関心…
  • 10
    トランプがまた手のひら返し...ゼレンスキーに領土割…
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 3
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 4
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 7
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 8
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 9
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 10
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中