最新記事

帝国の崩壊と呪縛

ロシアは何故シリアを擁護するのか

2016年6月29日(水)17時37分
小泉 悠(未来工学研究所客員研究員)※アステイオン84より転載

 そして、以上の二点は、必然的にアサド政権の維持という点に行きつく。シリアにおけるロシアの空爆がIS(イスラム国)よりもその他の反アサド勢力を標的としていると言われるのも、このためである。昨年九月、プーチン大統領が国連総会の一般討論演説で述べたように、ISもその他の反体制派勢力もアサド政権を脅かすという点では同様であるというのがロシア側の立場であり、したがって当面はアサド政権の支配地域を主に脅かしている反体制派勢力が標的となるのは当然のなりゆきであった(5)。

 もっとも、ロシアが必要としているのはアサド政権ないしはアサド政権的なるものであって、バッシャール・アサド氏個人ではない、という点には注意が必要であろう。つまり、ロシアとしては中東の橋頭堡(きようとうほ)として親露的な政権が維持されること、ロシアの友好国が内政不安によって倒れていく流れに歯止めをかけることが重要なのであって、このような目標さえ達成できるのであれば、アサド大統領個人の去就はさほど大きな問題ではない。実際、昨年一一月にウィーンで開催された多国間外相会談において、ロシアはアサド大統領の退陣と引き換えにアサド政権派が新政権入りすることを認めるなどの秘密提案を行ったとされる。プーチン大統領がアサド大統領に退陣を勧めたが、アサド大統領がこれを拒否したとの報道もある。

 ところで、単に軍事介入の口実に過ぎないとされているIS対策という側面もまた、ロシアの動機を考える上ではやはり無視できない。これが、ロシアのシリア関与についての第三番目の理由と考えられるものである。シリア紛争には初期段階からチェチェン人義勇兵が参加していたが、現在ではロシア及び旧ソ連から数千人規模の人間が中東に渡ってISに身を投じ、ロシア国内のカフカス地域で活動していたイスラム過激主義組織「カフカス首長国」もISの「カフカス州」を名乗るに至った。さらに、シリアで戦闘経験とテロリスト間ネットワークを培ったイスラム過激派が再びロシアや中央アジアに帰還し、故国で武装闘争を惹起する可能性はロシア側で繰り返し指摘されてきたところである。

 この意味では、シリアへの介入をISに対する「対テロ戦争」とするロシアの位置付けも全くの方便とは言えまい。ただし、優先順位で言えばアサド政権への支援のほうが上位であったこともまた事実である。

[注]
(1)日本エネルギー経済研究所公式サイト「海外エネルギー動向」(二〇一六年二月一二日アクセス)〈http://eneken.ieej.or.jp/news/trend/pdf/2013/2-14_Russia.pdf〉
(2)ロシア連邦統計局公式サイト(二〇一六年二月一二日アクセス)。なお、ロシア語版サイトには類似の情報がなかったため、ここでは英語版サイトに掲載された情報を使用している。〈http://www.gks.ru/bgd/regl/b15_12/IssWWW.exe/stg/d02/19-01.htm〉
(3)廣瀬陽子「シリア問題をめぐるロシアの戦略」『中東研究』第五一六号、二〇一二年度Vol.III。
(4)湯浅剛『現代中央アジアの国際政治』明石書店、二〇一五年。
(5)ロシアがシリアへの軍事介入に踏み切った時点で、アサド政権の支配地域はシリア西部の地中海岸、ISの支配地域はイラクに続くシリア東部を主としており、両者の直接の接触は少なかった。むしろファタハ軍などの非IS系反アサド勢力が北西部のイドリブ県を掌握し、アサド一家の出身地であるラタキアにまで迫っている状況であった。ロシア軍がラタキアを展開地域に選んだのもこのためであると思われ、ロシア軍の空爆開始当初もラタキアを防衛するためにシリア北西部に目標が集中することとなった。

[執筆者]
小泉 悠(未来工学研究所客員研究員) Yu Koizumi
1982年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科(修士課程)修了後、民間企業勤務、外務省国際情報統括官組織専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMO RAN)客員研究員などを経て現職。ロシアの軍事政策を中心に、旧ソ連の安全保障政策を専門とする。主な関心領域はロシア軍改革、核戦略、対外軍事関係など。

※当記事は「アステイオン84」からの転載記事です。
asteionlogo200.jpg




『アステイオン84』
 特集「帝国の崩壊と呪縛」
 公益財団法人サントリー文化財団
 アステイオン編集委員会 編
 CCCメディアハウス

ニュース速報

ワールド

香港区議会選、民主派が地滑り的勝利 ラム行政長官に

ワールド

香港は暴力停止が最大の課題、米国には平等の原則を期

ビジネス

旭化成、米製薬ベロキシスを買収へ 約1432億円で

ビジネス

日本経済、2020年は経済対策で上振れ余地=IMF

MAGAZINE

特集:プラスチック・クライシス

2019-11・26号(11/19発売)

便利さばかりを追い求める人類が排出してきたプラスチックごみの「復讐劇」が始まった

人気ランキング

  • 1

    何が狙いか、土壇場でGSOMIAを延長した韓国の皮算用

  • 2

    韓国への同情と嫌悪、中国出身の私が新大久保で見つけた「日本人らしさ」

  • 3

    「韓国に致命的な結果もたらす」文在寅を腰砕けにしたアメリカからの警告

  • 4

    私生活を見せないスター、キアヌ・リーブスについに…

  • 5

    韓国の「リトル東京」から日本人が消える?

  • 6

    米議会、香港人権法案可決の意味 失う「特別な都市」…

  • 7

    表紙も偽物だった......韓国系アメリカ人高官が驚く…

  • 8

    ソルリの死を無駄にはしない 韓国に拡がる悪質コメ…

  • 9

    「愚かな決定」「偏狭なミス」米専門家らが韓国批判…

  • 10

    GSOMIA継続しても日韓早くも軋轢 韓国「日本謝罪」発…

  • 1

    「愚かな決定」「偏狭なミス」米専門家らが韓国批判の大合唱

  • 2

    「韓国は腹立ちまぎれに自害した」アメリカから見たGSOMIA問題の本質

  • 3

    何が狙いか、土壇場でGSOMIAを延長した韓国の皮算用

  • 4

    韓国への同情と嫌悪、中国出身の私が新大久保で見つ…

  • 5

    表紙も偽物だった......韓国系アメリカ人高官が驚く…

  • 6

    中国は「ウイグル人絶滅計画」やり放題。なぜ誰も止…

  • 7

    香港の完全支配を目指す中国を、破滅的な展開が待っ…

  • 8

    南洋の小国ツバル、中国に反旗 中華企業の人工島建設…

  • 9

    韓国の「リトル東京」から日本人が消える?

  • 10

    米韓、在韓米軍駐留費巡る協議わずか1時間で決裂 今…

  • 1

    「愚かな決定」「偏狭なミス」米専門家らが韓国批判の大合唱

  • 2

    マクドナルドのハロウィン飾りに私刑のモチーフ?

  • 3

    「アメリカは韓国の味方をしない」日韓対立で米高官が圧迫

  • 4

    「韓国は腹立ちまぎれに自害した」アメリカから見たG…

  • 5

    意識がある? 培養された「ミニ脳」はすでに倫理の…

  • 6

    GSOMIA失効と韓国の「右往左往」

  • 7

    トランプが日本に突き付けた「思いやり予算」4倍の請…

  • 8

    インドネシア、巨大ヘビから妻救出した夫、ブタ丸呑み…

  • 9

    「武蔵小杉ざまあ」「ホームレス受け入れ拒否」に見る深…

  • 10

    何が狙いか、土壇場でGSOMIAを延長した韓国の皮算用

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

英会話特集 資産運用特集 グローバル人材を目指す Newsweek 日本版を読みながらグローバルトレンドを学ぶ
日本再発見 シーズン2
CCCメディアハウス求人情報
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
メールマガジン登録
CHALLENGING INNOVATOR
売り切れのないDigital版はこちら

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

絶賛発売中!

STORIES ARCHIVE

  • 2019年11月
  • 2019年10月
  • 2019年9月
  • 2019年8月
  • 2019年7月
  • 2019年6月