最新記事

難民

ヨーロッパを目指しながら事切れる統計なき砂漠の死者たち

溺死した移民の数は調査されるが、サハラ砂漠での死亡者数は誰もカウントしていない

2016年2月29日(月)21時03分

2月24日、複数の国際団体が地中海を横断して欧州に向かう途中で溺死した移民の数を調査しているが、サハラ砂漠での死者数は誰もカウントしていない。写真はサハラ砂漠のはずれにある、アルジェリアのティミムンで砂の上を歩く少女。2008年3月撮影(2016年 ロイター/Zohra Bensemra)

 2012年8月の暑い午後、ラッキー・イズ君が友人のゴドフリー君とともにサハラ砂漠の横断に乗り出したとき、彼は15歳になったばかりだった。欧州に向かう旅の途中で何が起きたのか、彼はまだ友人家族に語っていない。

 ラッキー君の話によると、ニジェール人の彼ら少年2人は、違法移民斡旋業者の指示通り、水とビスケット、牛乳と栄養ドリンクを持ってサハラ砂漠の端に到着した。他の36人とともに、彼らはトヨタ製ピックアップトラックの荷台に乗り込んだ。トラックはニジェール北部の都市アガデスを出発した。

 山と積まれた補給品の上に座り、足をぶらぶらさせながら柱にしがみついていたという。誰かが転落しても運転手は車を停めないだろうと分かっていたからだ。喉が渇き、空腹だった。トラックのタイヤが巻き上げる砂埃が彼の目を痛めた。トラックは3日間走り続け、給油や給水のためにときおり停まるだけだった。

 4日目、運転手は道に迷った。方位磁針が壊れてしまったのだ。グループの何人かは、ついに砂漠から生還することができなかった。

 複数の国際団体が、地中海を横断して欧州に向かう途中で溺死した移民の数を調査している。そうした死者数は昨年で3800人と推計されている。

 だが、サハラ砂漠での死亡者数は誰もカウントしていない。そのため、政治家はこの地で失われた人命を無視しがちであると人道支援活動関係者は訴える。

 国連難民支援機構の北アフリカ支部でも、サハラ砂漠で亡くなった人数のデータを持っていないという。国際赤十字社は、移民・難民が家族と連絡を回復できるよう支援しているが、死亡者の情報は集めていない。ボランティアや研究者、非政府組織(NGO)が運営している少数の非公式データベースが集計を試みているものの、主としてメディアの報道に頼っており、彼らの資金も滞りがちだ。

 オックスフォード国際移民研究所の研究員であるジュリアン・ブラチェット氏は、「データが何もない」と嘆く。彼は10年以上にわたってニジェール北部を含むサハラ砂漠で現地調査を行っている。

 「地中海と同じくらい多くの人がこの砂漠で亡くなっている可能性があるだけに、データの不足は問題だ」と彼は言う。「しかし、証明できないから、何も言えない。だから誰も介入しようとしない」

道に迷えば悲劇に

 アガデスは昔から砂漠の玄関口だった。国際移民機関(IOM)によれば、北アフリカや欧州に向かう途上でこの都市を経由した移民は、2015年に12万人と、前年から倍増している。以前は自由にこの都市を離れることができた。毎週出発する軍の護送車団によって、ある程度の保護が提供されていた。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

米製薬メルク、肺疾患治療薬の英ベローナを買収 10

ワールド

トランプ氏のモスクワ爆撃発言報道、ロシア大統領府「

ワールド

ロシアが無人機728機でウクライナ攻撃、米の兵器追

ワールド

PKK指導者、対トルコ武装闘争終結宣言 拘束以来初
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 3
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 4
    「ヒラリーに似すぎ」なトランプ像...ディズニー・ワ…
  • 5
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 6
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 7
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 8
    自由都市・香港から抗議の声が消えた...入港した中国…
  • 9
    人種から体型、言語まで...実は『ハリー・ポッター』…
  • 10
    「けしからん」の応酬が参政党躍進の主因に? 既成…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 3
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸せ映像に「それどころじゃない光景」が映り込んでしまう
  • 4
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、…
  • 5
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 6
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 7
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 10
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 7
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中