最新記事

環境

パリが気候変動のラストチャンスだ

ポスト京都の枠組み作りでは政治的思惑が絡んで難航が続くが、「2度以内」の目標はタイムリミット間近

2015年12月7日(月)18時05分
ピーター・シンガー(米プリンストン大学生命倫理学教授)

迫り来る危機 グリーンランド氷床がすべて解ければ海面は7メートル上昇する Joe Raedle/Getty Images

 今月末からフランスのパリで国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)が開催される。今後何世紀にもわたって、何十億人もの命と数知れない絶滅危惧種の動植物の運命を左右する重要な会議だ。

 国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)は92年にブラジルのリオデジャネイロで開催された「地球サミット(環境と開発に関する国連会議)」で採択され、現在アメリカ、中国など196カ国・地域が締約。大気中の二酸化炭素(CO2)など温室効果ガスの濃度を「気候システムに対して危険な人為的干渉を及ぼさない水準」で安定させることで合意している。

 しかし合意内容はいまだ実現に至っておらず、さまざまな気候の悪循環が温暖化を増幅させる恐れがある。太陽光を反射する北極の氷が減少し、海はさらに熱を吸収するだろう。融解の進むシベリアの永久凍土からは大量のメタンが放出される。その結果、現在数十億人が暮らす広大なエリアが居住不能になりかねない。

 以前の締約国会議では、97年のCOP3で採択された京都議定書のように温室効果ガス排出削減の法的拘束力を持つ合意を目指していた。しかしブッシュ前政権時にアメリカが非協力的だったせいもあり、09年にコペンハーゲンで開催されたCOP15では「ポスト京都議定書」を採択できず、各国が自主的な排出削減目標・行動を決めて提出するよう求めるにとどまった。

 主要排出国を含む154カ国が削減目標・行動を提出済みだが、いずれも必要な水準には程遠い。どのくらい懸け離れているかを理解するには、92年に全会一致で採択されたリオ宣言に立ち返る必要がある。

 リオ宣言の表現には曖昧な点が2つあった。第1に何をもって「気候システムに対する危険な人為的干渉」とするか。第2に「及ぼさない水準」とはどの程度の安全性を想定しているのかだ。

 前者については、COP15で気温上昇を産業革命以前と比べて2度以内に抑えることで合意したが、多くの研究者はそれでもまだ不十分と考えている。これまでの0.8度の上昇でも記録的な猛暑、異常気象、グリーンランド氷床の融解が起きている(氷床全体が解ければ地球の海面は7メートル上昇する)。COP15では海面上昇で水没の恐れもある小島嶼国グループが目標を1.5度未満にすべきだと訴えたが、先進国は政治的に見て現実的でないと考えた。

菜食中心の食生活を奨励

 第2の曖昧さは依然として残る。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのグランサム気候変動・環境研究所は154カ国が提出した目標を分析し、すべて実現しても温室効果ガスの年間排出量(CO2換算)は現在の500億トンから30年には550億~600億トンに増加すると結論付けた。気温上昇を2度以内に抑える確率を50%にするためだけでも、年間排出量を360億トンまで減らす必要がある。

 憂慮すべき指摘はオーストラリアからも出ている。現在の大気中の温室効果ガスの濃度を考えれば、仮に(非現実的だが)今すぐ排出量をゼロにしたとしても、気温上昇幅が2度を超える可能性は10%あるという。

 もしも航空会社が整備を大幅に簡略化して事故に遭う確率が10%になったらどうなるか。この会社は安全対策を怠ったことになり、いくら運賃が格安でも利用する客はほとんどいないはずだ。それと同じで、「気候システムに対する危険な人為的干渉」が招く惨事の規模を思えば、2度を超える気温上昇のリスクはたとえ10%であっても受け入れてはならない。

 途上国は貧困問題の解決のために安いエネルギーが必要で、浪費しがちな富裕国こそが省エネ努力をすべきだと主張するはずだ。もっともな主張であり、富裕国は早急に、遅くとも50年までに経済の脱炭素化を図らなければならない。手始めに、最大の排出源である石炭火力発電所を閉鎖し、炭鉱の新規開発を許可しないという方法もある。

 菜食中心の食生活を奨励するのも即効性が期待できる。肉に課税し、その税収をより持続可能な食品の補助金に充てるなどの手段だ。国連食糧農業機関(FAO)によれば畜産業は輸送業全体を上回る温室効果ガス排出源。つまり温室効果ガス排出量を減らす余地が大いにあり、化石燃料の使用をやめるのに比べれば生活への影響も少ない。しかも加工肉と赤肉の消費で癌による死亡リスクが上昇するとの報告がWHO(世界保健機関)から出たばかりだ。

 以上の提案は非現実的に思えるかもしれない。しかしここまでしなくては、現在そして未来の地球に暮らす何十億という人々に対しても、地球の自然環境全体に対しても、罪を犯すことになる。

@Project Syndicate

[2015年12月 1日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米議会、「麻薬運搬船」攻撃の無編集動画公開要求 国

ワールド

財政信認失うことないよう、国債管理政策「さらに適切

ワールド

トランプ氏、メキシコに5%追加関税警告 水問題巡り

ワールド

トランプ氏、オバマケア巡り保険会社批判 個人への直
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...かつて偶然、撮影されていた「緊張の瞬間」
  • 4
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 5
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 6
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 7
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 8
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 9
    米、ウクライナ支援から「撤退の可能性」──トランプ…
  • 10
    死刑は「やむを得ない」と言う人は、おそらく本当の…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中