最新記事

秘話

戦時下「外国人抑留所」日記

2015年8月10日(月)12時10分
長岡義博(本誌記者)

 横浜市中心部は爆撃で焼け野原になり、実家は焼け落ちたが、母と弟は幸いに命を失わずにすんだ。爆撃から約1週間後、ようやく弟のエドワードが抑留所の兄を訪問する。弟の口から出たのは、「敵」であるはずの外国人に対する被災者たちの親切だ。

「エディの言うには近所の人々が実に皆親切だそうだ。――我々は彼らの敵ではないか。そしてその飛行機の仕業ではないか。政府の押し付けた上塗りの敵愾心も真の心の温情が完全に溶かして了ったのだ」(6月6日、日本語)

 やがて夏が到来し、終戦へのカウントダウンが始まる。しかしその目前、栄養失調による衰弱で抑留者の1人が病死すると、デュアは怒りを爆発させる。

「濃霧。大分長い間病で患っていたジョウナが今朝床の中で死んでいるのが見つかった。......また、彼は治療を受けてなかった。犬死させられたのだ」(7月31日、英文)

 昭和天皇の玉音放送で3年8カ月に及んだデュアらの抑留生活は終わりを告げる。

「正午! 足柄山の静けさ、聞こえるのは蝉の音のみ。我々は各自の部屋に入っている。フェーゲンは我々の代理としてラヂオを聞きに行った。微かに御声が聞える。十二時二十分頃ジョージ・ビーティ(フェーゲンと一緒にいた)が上がって来て内容を話した(終わりだ)......窓から外を見る。平和な景色だ。季節毎に変わり行く足柄山麓の風景もこれでさよならだ」(8月15日、日本語)

 終戦と共にデュアら抑留者たちは自由を取り戻し、飢えからも解放された。

「晴天。待望の慰問品満載の飛行機が沢山やって来て、落とす、落とす。天から食料品が降って来、落下傘がついていないので大分破損したが山のように皆御馳走を貰った」(8月29日、日本語)


 抑留から解放されたデュアは東京慈恵医大に復学。医師となり、東京・十仁病院に形成外科医として勤務した。73年に日本国籍を取得。出羽誠司となり、90年に70歳で死去した。

 デュア日記の抄録は今年3月に出版された『横浜と外国人社会――激動の20世紀を生きた人々』(日本経済評論社)で紹介されている。


 シディンハム・デュアの抑留日記の実物が8月5日から30日まで、横浜市中区の横浜開港資料館で開かれている特別資料コーナー展示「戦後70年 戦時下、横浜の外国人」で公開されている。入館料は一般200円、高校生以下無料。


※当記事は2015年8月11/18日号
 特集「戦後」の克服
 の関連記事です

amazon-button.png


今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか

ワールド

北朝鮮の金総書記、核戦力増強を指示 戦術誘導弾の実

ビジネス

アングル:中国の住宅買い換えキャンペーン、中古物件

ワールド

アフガン中部で銃撃、外国人ら4人死亡 3人はスペイ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 5

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    無名コメディアンによる狂気ドラマ『私のトナカイち…

  • 8

    他人から非難された...そんな時「釈迦牟尼の出した答…

  • 9

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 10

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中