最新記事

ヨーロッパ

金融支援はギリシャをユーロ圏から追い出すために仕組まれた

ギリシャに対する屈辱的な条件と監視から、ドイツの真意が見えてくる

2015年8月4日(火)18時27分
アダム・レボル

ユーロの死 連帯や協調の象徴だったEUは血も涙もない効率化マシンに変質した Ralph Orlowski-REUTERS

 中国の周恩来元首相はかつて、「外交とは、手段を変えて続ける戦争のことだ」と言った。同じことは今のユーロ圏にも当てはまるかもしれない。

 EU(欧州連合)は、戦争がヨーロッパに残した憎しみを癒し、ドイツに復興の主導権を握らせるために設立された。決してドイツにヨーロッパ支配を許すためではない。しかしこの夏、債務に押し潰されそうなギリシャに過酷な緊縮政策が強いられたことで、両国の間にはかつてない敵意が生まれている。憎しみは国境を超えて他のEU諸国にも押し寄せており、EUの政治的経済的未来に多くが疑問を抱いている。

 対ギリシャ金融支援の合意によれば、ギリシャは最高860億ユーロ(940億ドル)の金融支援を受ける。急進左派連合(SYRIZA)が率いる連立政権はその代わり、さらなる緊縮を行い、付加価値税を引き上げ、規制に縛られたギリシャ経済を自由化しなければならない。また、500億ユーロ(551億ドル)相当の国有財産を民営化ファンドに売却することも決められている。

 ギリシャ議会はこの条件を7月16日に承認したが、反発は凄まじかった。SYRIZAの議員ゾエ・コンスタントプロウは、この条件は「社会的大虐殺」にも等しいと言った。穏健派の議員たちでさえ、厳し過ぎる条件は国内の恐怖と不安、怒りを煽るだけだと言っている。

 しかもギリシャには厳しい監視がつく。約束を守っているかどうかを逐一見張らせるためだ。「これはほとんど警察の取り締まりだ」と、ギリシャのアンドレアス・パパンドレウ元首相は言う。「(見張りを付けたのは)ドイツ納税者を納得させるためだが、ギリシャ市民はさらに不信を募らせるだろう。国債発行によるギリシャの資金調達はますます困難になり、歳入は借金の返済にあてられる。こうした重荷のいくらかは、軽減されるべきだった」

 一方で、借金を返す見込みもないギリシャに数十億ユーロを貸し込んだヨーロッパの銀行のほうはお咎めなしだ。「麻薬中毒の責任は自分にある。だが売人にも責任の一旦はある」と、イギリスの元欧州担当相で、『Brexit: How Britain Will Leave Europe(ブレグジット--イギリスはいかにヨーロッパを離脱するか』の著書があるデニス・マクシェーンは言う。「フランスやドイツ、オランダの銀行は無謀な貸し付けを行ってきたが、いちばん責任を押し付けやすいのがギリシャがだった」

 戦後、ギリシャとドイツの間の関係が今ほど悪化したことはない、とアナリストたちは言う。今回の支援条件がもたらした恨みは、第二次大戦の古傷も疼かせている。大戦下、ギリシャはナチスによる苛酷な占領を経験したのだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

川崎重社長、防衛事業の売上高見通し上振れ 高市政権

ワールド

米16州、EV充電施設の助成金停止で連邦政府を提訴

ワールド

中国最新空母「福建」、台湾海峡を初めて通過=台湾国

ワールド

ウクライナ安全保証、西側部隊のロシア軍撃退あり得る
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を変えた校長は「教員免許なし」県庁職員
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    「住民が消えた...」LA国際空港に隠された「幽霊都市…
  • 7
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 8
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 9
    FRBパウエル議長が格差拡大に警鐘..米国で鮮明になる…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 8
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中