最新記事

原発事故

氷の壁はフクシマを救えるか

2013年9月24日(火)12時06分
ジョシュ・ジーザ

 凍土壁が有害廃棄物を閉じ込めるために使われるようになったのは、ごく最近のことだ。アメリカの戦略石油備蓄の貯蔵施設として利用されていたウィークスアイランド(ルイジアナ州)の岩塩洞窟では、表層水の浸入が見つかったため、95年に凍土壁が造成された。

 1940年代に原爆開発の舞台となるなど、原子力研究の中心となってきたオークリッジ国立研究所(テネシー州)では、98年に放射性物質の貯蔵施設を囲う凍土壁が造られた。カナダの歴史的金鉱山ジャイアントマインでも、04年の閉山後にヒ素汚染を封じ込める凍土壁が造成されている。

 オークリッジの工事を請け負ったアークティック・ファウンデーションズ社のエド・ヤーマク社長は、凍土壁の造成は技術的にはそう難しくないと言う。

 グラウト(セメントやモルタル)で地盤を所々補強したり、水量や水流の変わりやすい地下水のくみ上げやろ過に追われるよりも、凍土壁はシンプルだ。凍結管を埋め込み、冷却装置を設置し、スイッチを入れれば、汚染物質をそのまま凍らせることができる。また根本的な問題が解決したら、ある程度以前と同じ環境に戻すこともできる。

 オークリッジの場合、凍土壁完成後の電力消費量は年間10万キロワット程度だった。これはアメリカの平均的な家庭10世帯分の年間電力消費量とほぼ同じだ。凍土は出力22キロワットの冷却装置で維持され、1日の電気代は15ドル程度で済んだ。

 地下水の温度を氷点下まで下げるにはかなりの時間がかかるが、一度土が凍ってしまえば、維持するのはさほど難しくない。停電時の影響を見るために冷却装置の電源が1週間切られたときも、地表の温度が0度を超えたことはなかった。

問題は作業員の安全確保

 オークリッジの凍土壁は全長90メートル程度だったが、福島は約1・5キロになる。だがこれも大きな問題ではないと、ヤーマクは考えている。廃棄物管理のためではないが、もっと大規模な凍土壁が造成された例があるというのだ。

 例えばカナダ・オンタリオ州の金鉱山では、全長5キロ近い凍土壁を造成するシステムが構築された(金価格の急落で実際に運用されることはなかったが)。建設土木会社のモアトレンチは現在、アルバータ州のオイルサンド開発のために深さ150メートルの凍土壁を試験的に造成中だ。

「福島の凍土壁は決して前代未聞の規模ではない」と、ヤーマクは言う。

 とはいえ、工事は一筋縄では行かないだろう。ヤーマクによると、放射性物質を封じ込めるために行われたオークリッジの工事で最も苦労したのは、作業員の安全確保と汚染拡大の防止だった。

 汚染された土壌に雨水が浸透するのを防ぐため、現場にはアスファルトが敷設されたが、作業員はそこから一歩も出てはならなかった。「駐車場みたいなスペースだった。その中なら自由に動き回れるが、森に入ることは禁じられていた」と、ヤーマクは振り返る。

 周辺の木々は放射能に汚染された水を吸っていたから、落ち葉も汚染されている。ヤーマクは毎朝リーフブロワー(落ち葉を吹き飛ばす機械)を持っていき、現場や機械から落ち葉を取り除かなければならなかった。

 凍結管を打ち込む穴を掘るときは、掘り出した土をそのまま密封容器に入れ、密閉された区域に運び込まなければならない。ドリルの排気もフィルターでろ過する必要があった。

「技術的には福島(での凍土壁造成)はそんなに大変じゃない」とヤーマクは言う。「大変なのはそれを安全にやり遂げることだ」

[2013年9月17日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米金利変更急がず、関税の影響は限定的な可能性=ボス

ワールド

トランプ氏「ウクライナはモスクワ攻撃すべきでない」

ワールド

米、インドネシアに19%関税 米国製品は無関税=ト

ビジネス

米6月CPI、前年比+2.7%に加速 FRBは9月
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パスタの食べ方」に批判殺到、SNSで動画が大炎上
  • 2
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機…
  • 5
    「このお菓子、子どもに本当に大丈夫?」──食品添加…
  • 6
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中…
  • 7
    約3万人のオーディションで抜擢...ドラマ版『ハリー…
  • 8
    「オーバーツーリズムは存在しない」──星野リゾート…
  • 9
    「巨大なヘラジカ」が車と衝突し死亡、側溝に「遺さ…
  • 10
    歴史的転換?ドイツはもうイスラエルのジェノサイド…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 5
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 9
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中