最新記事

対テロ戦争

冷酷国家アルジェリアの本当の怖さとは

アフリカ最大の軍事力と広大なスパイ網を武器に サハラ砂漠で暴れだしたイスラム勢力に挑む

2013年2月26日(火)18時53分
ブルース・ライデル(ブルッキングズ研究所中東専門家)

厳戒態勢 人質事件が発生した天然ガス関連施設に近いアルジェリア軍の検問所 Louafi Larbi-Reuters

 アルジェリア東部イナメナス近くの天然ガス関連施設で起きた人質事件。08年のムンバイ同時テロ以来最悪のテロ攻撃であり、アルジェリアは世界の「イスラム聖戦」の中心地となった。

 旧態依然たる警察国家であるアルジェリアは、アフリカあるいはアラブのどの国の政府よりも容赦なく、かつ効率的にテロリストと戦うことで定評がある。

 中東・アフリカ地域で最大の国土を持つこの国の政権を10年以上握っているのは、内戦を終結に導いたブーテフリカ大統領だ。91年の総選挙でイスラム主義政党が勝利したのを受けてクーデターが勃発。激しい内戦へと拡大し、02年の終結までに16万人以上が犠牲になった。

 94年にはアルジェリア人テロリストがパリ行きの旅客機をハイジャックする事件も起きたが、ブーテフリカは犯行グループと同じイスラム原理主義勢力に恩赦を与え、安定した国づくりに乗り出し、いま3期目になる。

 だが周辺のチュニジアやリビアなどと同様、アルジェリアも若年層という時限爆弾を抱えている。3500万人の人口の70%を占める30歳未満の失業は深刻だ。彼らは「アラブの春」で民主化に目覚めた世代で、特に15歳未満の少年たちには90年代の悪夢の記憶さえない。

 いざとなれば出てくるのは、ブーテフリカではなくこの国の実権を握る軍部だ。「ル・プボワール」(フランス語で権力の意)と呼ばれる陰の実力者たちが存在する。

 秘密警察を率いるモハメッド・(トゥフィク)・メディエンヌは、旧ソ連のKGB(国家保安委員会)で鍛えられ、90年から情報機関を取り仕切ってきた。誰の指図も受けないため、「アルジェの神」と恐れられている。

 アルジェリアの軍事力はアフリカ最大。15万人を超える兵力に年100億ドルの国防費、サハラ砂漠一帯には広大な諜報活動網を築いている。

 フランスからの独立戦争では100万人以上の命が失われており、国民の愛国心が強い。旧宗主国の動きには今も敏感だ。一昨年のフランスとNATOによるリビア介入には反対。リビアが崩壊したために、アルジェリアの隣国マリが現在のような混迷に陥ったと非難している。

マリ情勢も無視できない

 ただし今年から始まったフランスによるマリ軍事介入には妥協も見せた。マリ国内の「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ組織(AQIM)」の拠点空爆に向かう仏軍機のために、アルジェリア領空を通過することを許可したのだ。

 だが皮肉なことに、その空爆がイナメナス人質事件を招いたとも言われる。アルジェリア軍部は当初、仏軍によるマリ介入に批判的だった。マリを追い出されたAQIMが北上してアルジェリアに舞い戻る可能性を懸念したからだ。

 人質事件が起きた今、もはやアルジェリアがマリ情勢を傍観するという選択肢はなくなった。GDP2600億ドル、ロシア製兵器を装備した強力な軍隊、サハラに目を光らせてきた諜報機関──アルジェリアはアフリカ諸国の中で最もAQIMに対抗できる立場にある。

 一方、米アルジェリア関係は複雑な歴史を歩んできた。アメリカは19世紀、アルジェリアで海賊征伐に貢献。第二次大戦では米軍がフランスのビシー政権とナチスからアルジェリアを解放。ケネディ政権は仏政府に植民地解放の圧力をかけた。

 しかし冷戦時代のアルジェリアはおおむねソ連寄りだった。91年以降はアメリカと協力関係を結ぶようになったが、両国間には常に緊張と疑念が付いて回る。決して甘い関係にはなれそうにない。

[2013年2月 5日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

三村財務官の続投を決定、国際局長に緒方氏=財務省幹

ビジネス

再送-日産社長、閉鎖工場「決まったものはない」=株

ビジネス

スターバックス、中国事業の全面売却検討せず 報道を

ワールド

英右派「リフォームUK」、10年居住許可の販売提案
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本のCEO
特集:世界が尊敬する日本のCEO
2025年7月 1日号(6/24発売)

不屈のIT投資家、観光ニッポンの牽引役、アパレルの覇者......その哲学と発想と行動力で輝く日本の経営者たち

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々と撤退へ
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    飛行機内で「最悪の行為」をしている女性客...「あり得ない!」と投稿された写真にSNSで怒り爆発
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ホルムズ海峡の封鎖は「自殺行為」?...イラン・イス…
  • 6
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 7
    EU、医療機器入札から中国企業を排除へ...「国際調達…
  • 8
    「イラつく」「飛び降りたくなる」遅延する飛行機、…
  • 9
    「水面付近に大群」「1匹でもパニックなのに...」カ…
  • 10
    【クイズ】次のうち、中国の資金援助を受けていない…
  • 1
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 2
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    飛行機内で「最悪の行為」をしている女性客...「あり…
  • 10
    ホルムズ海峡の封鎖は「自殺行為」?...イラン・イス…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 9
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中