最新記事

アルカイダ

ビンラディンの大いなる誤算

「アボタバード文書」が物語るテロリズムの狂気にはまった男の苦悩

2012年6月6日(水)13時06分
ウィリアム・サレタン(ジャーナリスト)

今も英雄 反米集会でビンラディンの肖像を掲げる若者(5月2日、パキスタン) Naseer Ahmed-Reuters

 国際テロ組織アルカイダの指導者ウサマ・ビンラディンが、パキスタン北部アボタバードの隠れ家で殺害されたのは昨年5月2日のこと。このとき米軍によって押収された文書が先週、公開された。

 それによるとビンラディンは、「正しいこと」にこだわっていたようだ。人を殺すよりは人心をつかみたいと考え、人を殺すのは人心をつかむ手段と考えていた。テロリズムの道徳的・政治的失敗にも気付き始めていた。

 例えば一昨年に書かれた44枚の書簡で、ビンラディンは一部のグループがイスラムの教理を曲解し、一般のイスラム教徒の殺害を正当化していることを厳しく叱責。こうした無差別殺戮のせいで、ジハード(イスラム聖戦)運動は一般市民から背を向けられたと非難している。

 ビンラディンが特に問題視したのは、パキスタン・タリバン運動(TTP)だ。彼の意向を受けた側近がTTPの指導者に対し、「(TTPの)手法と行動」はイスラム法に反しており、「ジハード運動の崩壊」を招く恐れがあると警告している。

 アボタバード文書は、イラクのアルカイダ関連組織がイスラム教シーア派の民間人を標的とする爆破テロを起こしたことも、「無知で神をも恐れぬ犯罪行為」と厳しく非難している(アルカイダは基本的にスンニ派)。

 ビンラディンと側近は、狂信的な残虐行為にも懸念を示した。イスラム法を厳格解釈するソマリアの反政府組織アルシャバブに対して、「シャリーア(イスラム法)を適用するときは、『疑わしきは罰せず』の原則」を当てはめ、極端な刑罰は回避するよう勧告している。

 ある側近は、「(アルカイダが)自分たちと考えの違うものには何でも反対する偏ったグループ、と見られるのを避けなければならない」と、現場の指揮官たちに呼び掛けている。「われわれはイスラムの教えに従うイスラム教徒であり......偏見を避けなくてはいけない」

 分別を重視する発言もある。ビンラディンはイエメンのアルカイダ関連組織に対し、「停戦」の可能性を探るよう促した。そうすれば国内が「安定化」するか、少なくとも「(アルカイダは)イスラム教徒の安全を図るために慎重に行動している」ことを示せるというのだ。

 ソマリアについては、終わりなき内戦が極端な貧困をもたらしていることを指摘し、経済開発に努めるようアルシャバブに促している。また世界中の支持者に対し、イスラム系の政党と「対立する」のではなく、彼らにアルカイダの理念を教え、説得するよう呼び掛けている。

 あれほど大勢の人間を殺した男がこんなことを書いていたとは。こんなことを書く男が、あれほど多くの殺人を指揮したとは、一体どういうことなのか。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

伊プラダ第1四半期売上高は予想超え、ミュウミュウ部

ワールド

ロシア、貿易戦争想定の経済予測を初公表 25年成長

ビジネス

テスラ取締役会がマスクCEOの後継者探し着手、現状

ワールド

米下院特別委、ロ軍への中国人兵参加問題で国務省に説
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 2
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    中居正広事件は「ポジティブ」な空気が生んだ...誰も…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中