最新記事

北朝鮮

「金正恩暗殺説」を放置した中国の真意

中国版ツイッターから瞬く間に広がったデマが示唆する中国と北朝鮮との緊張関係

2012年2月15日(水)17時06分
エミリー・ロディッシュ

庇護はいつまで 中国は金正恩を好ましく思っていない可能性がある KCNA-Reuters

 先週末、北朝鮮の最高指導者となった金正恩(キム・ジョンウン)が北京で暗殺されたという噂がネットを駆け巡り、大騒動になった。

 結局、彼は死んでいなかった。事の経緯はこうだ。中国のミニブログ「新浪微博(シンランウェイボー)」で10日の午前2時頃に、正恩が北京の北朝鮮大使館で撃ち殺されたという噂が流れた。これが中国政府に近い香港の報道機関で引用されたため、信憑性が高まった。

 噂はツイッターにも飛び火し、ここで一気に広がりを見せる。ロイターやゴシップサイトの「ゴーカー」、ハフィントン・ポスト、それにグローバルポストなど様々な米メディアもこの話を取り上げた。

 北朝鮮大使館の周辺に車や警備がいたことも暗殺説に拍車をかけ、噂が独り歩きを始めた。ソーシャルメディア時代の今、どんな流言も一気に拡散する。特に、北朝鮮のような閉鎖社会に関する噂は確認をとることが困難で、事実である可能性も高い。

 こうした様々な事情が重なって、正恩は「ツイッターで暗殺された」のだ。

 騒ぎが落ち着いた今、何が言えるのだろうか。ハーバード大学のニーマン・ジャーナリズム研究所のジョシュア・ベントン所長は、「報道機関が概ね、この噂を事実として報じなかった点は評価できる」と言う。「報道では『ツイッター上の噂』という形で紹介され、実際にその通りだった」

 しかしこの暗殺騒動で最も興味をそそるのは、中国が噂の拡散を放置した点だ。

 新浪微博はしばしば中国版ツイッターと言われる。しかし実際には、ジャーナリスト向けの教育研究機関ポインター研究所のレジーナ・マコムズが指摘する通り、「ツイッターのように自由でもないし、開放されてもいない。厳重に管理され、監視された空間だ」。

 つまり地政学的な観点から見ると、中国がこの噂を黙認したのは、中国と北朝鮮の関係が必ずしもうまくいっていないことの表れだ。おそらく権力掌握の過程にある正恩の行動が、中国の期待に十分沿うものでなかったのだろう。

 北朝鮮関連の情報サイト「シノNKドットコム」の編集者アダム・カスカートは、外交ニュースサイト「ディプロマット」でこう書いている。


 すべてが、中国と北朝鮮の非常に緊張した関係を示唆している。中国は金正恩に対して、中国の庇護の下で北朝鮮が軍事独裁の手を緩め、国外からの投資を受け入れることを望んでいる。しかし現状では、正恩はそうした路線を取っていない。


 中国は、金正日(キム・ジョンイル)の後継者選びで黙殺された、正恩の兄・正男(ジョンナム)を取り上げた本『父・金正日と私 金正男独占告白』をめぐる報道にも口をはさまなかった。正男とのメール交換やインタビューなどを基に日本の新聞記者が記した同著の中で、正男は金一族の世代継承を公然と批判している。しかし、それについても中国は黙認している。

GlobalPost.com特約

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ米大統領、19日にロシア・ウクライナ首脳と

ビジネス

日産、追浜と湘南の2工場閉鎖で調整 海外はメキシコ

ワールド

トランプ減税法案、下院予算委で否決 共和党一部議員

ワールド

米国債、ムーディーズが最上位から格下げ ホワイトハ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:2029年 火星の旅
特集:2029年 火星の旅
2025年5月20日号(5/13発売)

トランプが「2029年の火星に到着」を宣言。アメリカが「赤い惑星」に自給自足型の都市を築く日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 3
    ワニの囲いに侵入した男性...「猛攻」を受け「絶叫」する映像が拡散
  • 4
    「運動音痴の夫」を笑う面白動画のはずが...映像内に…
  • 5
    MEGUMIが私財を投じて国際イベントを主催した訳...「…
  • 6
    配達先の玄関で排泄、女ドライバーがクビに...炎上・…
  • 7
    米フーターズ破綻の陰で──「見られること」を仕事に…
  • 8
    メーガン妃とヘンリー王子の「自撮り写真」が話題に.…
  • 9
    大手ブランドが私たちを「プラスチック中毒」にした…
  • 10
    カヤック中の女性がワニに襲われ死亡...現場動画に映…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 3
    ワニの囲いに侵入した男性...「猛攻」を受け「絶叫」する映像が拡散
  • 4
    カヤック中の女性がワニに襲われ死亡...現場動画に映…
  • 5
    母「iPhone買ったの!」→娘が見た「違和感の正体」に…
  • 6
    シャーロット王女の「親指グッ」が話題に...弟ルイ王…
  • 7
    あなたの下駄箱にも? 「高額転売」されている「一見…
  • 8
    トランプ「薬価引き下げ」大統領令でも、なぜか製薬…
  • 9
    ヤクザ専門ライターが50代でピアノを始めた結果...習…
  • 10
    宇宙の「禁断領域」で奇跡的に生き残った「極寒惑星…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
  • 5
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山…
  • 6
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 7
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 8
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 9
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 10
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中