最新記事

スポーツ

落ち目タイガーをロレックスが選ぶ理由

スキャンダルまみれの冴えないタイガー・ウッズと、なぜかスポンサー契約を結んだ高級時計ブランドの胸算用

2011年12月12日(月)13時55分
セス・スティーブンソン

「商品価値」 タイ人を母親に持つウッズは、アジア市場を狙う高級ブランドにとっては今も魅力的 Ross Kinnaird/Getty Images

 スイスの高級時計ブランド「タグ・ホイヤー」はこの夏、10年近く続いたタイガー・ウッズとのスポンサー契約を打ち切った。プレスリリースではウッズの不倫騒動にも、ゴルフの成績不振にも一切触れていなかった。わざわざ言わなくても、誰もが分かっているからだろう。

 ウッズはその後も、妻との離婚が正式に決まり、全米プロゴルフ選手権で予選落ちするなど転落人生をまっしぐら。最近一番話題になったのは、試合中にギャラリーからホットドッグを投げ付けられたという情けないニュースだった。

 それだけに10月5日、ロレックスとのスポンサー契約が発表されたときは、ちょっとした驚きが広がった。世界一有名な高級時計ブランドが、仕事もプライベートも地に落ちた人物を広告塔に選ぶなんて、一体どういうことだろうか──。

 本当の理由は誰にも分からない。ロレックスは1905年の創業以来、組織や戦略について秘密主義を貫いてきた。売り上げは公開していないし、経営者の交代理由も説明しない。創業者ハンス・ウィルスドルフに子供がいなかったため、彼の死後は慈善団体のハンス・ウィルスドルフ財団が経営を担っている。

 慈善団体ということは本質的には非営利団体なのか。だとすれば主な受益者は誰なのか。広報の女性にメールで質問したところ、返ってきたのは「本財団が主に目指しているのは、さまざまな慈善活動をサポートすることです」という、ご丁寧だが曖昧な答えだった。
 
 そこで今度は、時計の愛好家向けの雑誌ウオッチタイムのジョー・トンプソン編集長に聞いてみた。彼は「ロレックスをロレックスたらしめてきた」数々の要因を説明した上で、スポーツマーケティングというブランド戦略を教えてくれた。トンプソンによれば、この戦略を生み出したのはロレックス自身だ。

真の狙いはアジア市場

 イギリスの女性タイピスト、メルセデス・グライツがドーバー海峡を泳いで渡ったのは1927年のこと。そのとき彼女の腕には、海水の影響を受けずに正確に時を刻むロレックスがあった。ウィルスドルフはこのことを巧みに宣伝に利用した。

 今やロレックスはゴルフ、テニス、ヨット、登山など数え切れないほど多くのスポーツ選手のスポンサーになっている。長年のスローガン「すべての偉業への栄冠」は、アスリートとしての卓越した能力と探求心、そして時計ブランドとしての輝かしい発展を結び付けた文言だ。

 それだけになぜいまウッズを......という疑問は否めない。一部には、ロレックスは「安値買い」をしたのだという声もある。ウッズの最盛期よりも大幅に安い契約料で済んだはずだというのだ。しかし、ロレックスがいくら払ったのか正確には分からないし、トンプソンによれば契約金は関係ないという。

「ロレックスには金がうなっている。契約金を節約しようなどと思わないはずだ。何しろ50億ドルのブランド価値がある」

 真の狙いはアジア市場だと、トンプソンは言う。今後、高級時計の大幅な売り上げ増加が見込まれるのはアジアだ。ところが現在の中国市場で圧倒的な強さを誇るのは、ロレックスの宿敵オメガ。それはオメガのほうが認知度が高いからにすぎない。

 アジア人はゴルフに夢中だし、ウッズは母親がタイ人で中国人の血も引いているから、強力な広告塔になるに違いないと、ロレックスは踏んだのかもしれない。

 不倫騒動は問題じゃないのかって? そんなことは、次に彼がトロフィーを掲げる頃にはみんな忘れているはずだ。もちろん、輝くロレックスを腕に着けて。

[2011年11月16日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米、ベトナムに中国技術からのデカップリング要求=関

ビジネス

再送日産、ルノー株5%売却資金は商品開発投資に充当

ワールド

バングラ総選挙、来年2月に前倒しの可能性 ユヌス首

ビジネス

ユーロ高大きく懸念せず、インフレ下振れリスク限定的
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 7
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中