最新記事

エジプト

デモ隊の英雄になったグーグル幹部

誘拐され解放されて国民的英雄になったグーグル幹部が、分裂しかけていたデモ隊を再び1つにする?

2011年2月9日(水)18時17分
ブレイク・ハウンシェル

英雄の帰還 当局からの解放後、タハリール広場のデモ隊と合流したゴニム Dylan Martinez-Reuters

 1月27日、グーグル・ドバイ支社の幹部ワエル・ゴニムはツイッターに恐ろしいメッセージを書き込んだ。「エジプトのために祈ろう。明日、政府が戦争犯罪を犯そうとしているのではないかと心配だ。われわれは皆、死ぬ覚悟ができている」

 そして彼は姿を消した。

 翌日、怒りに満ちた群集は催涙ガスに息を詰まらせながらも、放水やゴム弾、実弾に立ち向かい、カイロ中心部のタハリール広場で、ホスニ・ムバラク大統領の退陣を訴えた。

 27日から消息を絶っていたゴニムは、彼の解放を求める国際的な動きもあって2月7日に解放された。「自由とは戦って得る価値のある神聖なものだ」と、彼は午後8時過ぎにツイートした。

 解放された日の夕方、民間テレビ局ドリーム2のインタビューに答えたゴニムは、視聴者の感情に訴える言葉でムバラク政権が作り上げようとしていたデモ隊のイメージを払拭した。「これはエジプトの若者による革命だ。私はヒーローではない」

 ゴニムは、拷問されてはいないが武装した男4人に目隠しされて誘拐され、デモ隊はどうやって暴動を起こすのに成功したのかを執拗に尋ねられたと語った。その後、インタビュアーが今回のデモで命を落とした青年たちの写真を彼に見せると、ゴニムはカメラの前で号泣し、「権力にしがみつく奴らのせいだ」と言って、席を立った。

皮肉にもムバラクが敵に英雄を送った

 ゴニムはフェースブックのカレド・サエドを追悼するページの管理人だと思われていた。サエドは昨年6月にアレクサンドリアのネットカフェで警官に殴られて死亡した28歳の若者だ。このページがエジプト全土でのデモを呼びかけ──チュニジアでのデモに触発されたこともあわせて──革命に火をつけたと活動家たちは言う。国内で行われている拷問をやめさせるために今こそ行動を起こすべきだという、明確なメッセージを発信していた。

 解放後のインタビューでゴニムは初めて自分がこのページの管理人の1人だと認めた。それでも彼は繰り返し、行動を起こしたのは「現場」で声を上げた民衆だと強調した。「私はこの12日間、そこにはいなかった」
 
 皮肉なことに、ゴニムは誘拐され解放されたことにより、一夜にして国民的英雄となった。ムバラク政権は、誰もが認める反政府運動の指導者を誕生させてしまったのかもしれない。その時期もまた皮肉と言えるだろう。汚い手を使ってデモを巧みに鎮圧しようとする政府に出し抜かれ、この数日、抗議運動の足場が揺らぎつつあった反政府勢力にとって絶対的な指導者の誕生はこの上ないタイミングでやってきた。

 ゴニムのインタビューが始まって数分も経たないうちに、彼個人のフェースブックのページには閲覧者が殺到し、ツイッターでは「ゴニム」というキーワードがトレンド上位に急上昇した。

 デモ隊にとっても、ゴニム解放のニュースが絶好のタイミングで入ってきたのは間違いない。今は最初の勢いまかせの時期を過ぎ、抗議活動の行方が不透明になっている。

 国民のあらゆる層が何十年も耐えてきた警官の暴力への反対運動を組織するのと、憲法改正や表現の自由の確立のために人々を決起させるのは別物だ。さらに国営テレビが流し続ける反デモのプロパガンダによって、エジプト国民の大多数がタハリール広場のデモ隊と同じようにムバラクの即時退陣を求めているのかすら定かではない。このプロパガンダは、デモの参加者は危険なイスラム原理主義者やイスラエルの諜報員だと喧伝している。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

ドイツ銀、第3四半期は黒字回復 訴訟引当金戻し入れ

ビジネス

JDI、中国安徽省の工場立ち上げで最終契約に至らず

ビジネス

ボルボ・カーズの第3四半期、利益予想上回る 通年見

ビジネス

午後3時のドルは152円前半、「トランプトレード」
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:米大統領選 イスラエルリスク
特集:米大統領選 イスラエルリスク
2024年10月29日号(10/22発売)

イスラエル支持でカマラ・ハリスが失う「イスラム教徒票」が大統領選の勝負を分ける

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶりに大接近、肉眼でも観測可能
  • 2
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」ものはどれ?
  • 3
    リアリストが日本被団協のノーベル平和賞受賞に思うこと
  • 4
    逃げ場はゼロ...ロシア軍の演習場を襲うウクライナ「…
  • 5
    トルコの古代遺跡に「ペルセウス座流星群」が降り注ぐ
  • 6
    大破した車の写真も...FPVドローンから逃げるロシア…
  • 7
    死亡リスクはロシア民族兵の4倍...ロシア軍に参加の…
  • 8
    中国経済が失速しても世界経済の底は抜けない
  • 9
    ウクライナ兵捕虜を処刑し始めたロシア軍。怖がらせ…
  • 10
    「ハリスがバイデンにクーデター」「ライオンのトレ…
  • 1
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶりに大接近、肉眼でも観測可能
  • 2
    死亡リスクはロシア民族兵の4倍...ロシア軍に参加の北朝鮮兵による「ブリヤート特別大隊」を待つ激戦地
  • 3
    大破した車の写真も...FPVドローンから逃げるロシア兵の正面に「竜の歯」 夜間に何者かが設置か(クルスク州)
  • 4
    韓国著作権団体、ノーベル賞受賞の韓江に教科書掲載料…
  • 5
    目撃された真っ白な「謎のキツネ」? 専門家も驚くそ…
  • 6
    ウクライナ兵捕虜を処刑し始めたロシア軍。怖がらせ…
  • 7
    逃げ場はゼロ...ロシア軍の演習場を襲うウクライナ「…
  • 8
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 9
    裁判沙汰になった300年前の沈没船、残骸発見→最新調…
  • 10
    北朝鮮を訪問したプーチン、金正恩の隣で「ものすご…
  • 1
    ベッツが語る大谷翔平の素顔「ショウは普通の男」「自由がないのは気の毒」「野球は超人的」
  • 2
    「地球が作り得る最大のハリケーン」が間もなくフロリダ上陸、「避難しなければ死ぬ」レベル
  • 3
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶりに大接近、肉眼でも観測可能
  • 4
    死亡リスクはロシア民族兵の4倍...ロシア軍に参加の…
  • 5
    大破した車の写真も...FPVドローンから逃げるロシア…
  • 6
    ウクライナに供与したF16がまた墜落?活躍する姿はど…
  • 7
    漫画、アニメの「次」のコンテンツは中国もうらやむ…
  • 8
    エジプト「叫ぶ女性ミイラ」の謎解明...最新技術が明…
  • 9
    ウクライナ軍、ドローンに続く「新兵器」と期待する…
  • 10
    韓国著作権団体、ノーベル賞受賞の韓江に教科書掲載料…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中