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チリ落盤事故

地底700メートルの耐久作戦と後遺症

地下で長期間正気を保つにはどうしたらいのか、社会復帰は可能なのか、元NASAの専門家に聞いた

2010年10月12日(火)15時41分
ラビ・ソマイヤ

33人の英雄  地下で生き抜いたサンホセ鉱山の作業員たち Reuters

 チリの首都サンティアゴから北へ約800キロ。金や銅を採掘するサンホセ鉱山で相次いで落盤事故が起きたのは8月5日のことだ。当時地下で採掘に当たっていた作業員33人は、日を追うごとに生還の可能性が薄れていくかにみえた。

 ところが8月22日、地下700メートルの緊急避難所に全員が避難していることが確認された。事故発生から17日目だった。それからというもの、地上と避難所の間では、直径10センチ程度の穴を介して食料や医薬品が届けられ、手紙が交換され、予想以上に元気で規律正しい生活を送る作業員の映像が届けられた。

 とはいえ本当の試練はこれからだ。新たなトンネルを掘って作業員全員を救出するには3カ月かかる。その間彼らの気力と体力を維持するにはどうしたらいいのか。

 チリ政府当局は、NASA(米航空宇宙局)にアドバイスを求めている。NASAなら、国際宇宙ステーションなど閉鎖的な空間で人間が長期間過ごす場合、どうすれば心身の健康を維持できるかノウハウがある。

 何より重要なのは「外部の人間と話をすることだ」と、かつてNASAの生命科学部長として、宇宙に何カ月も滞在する宇宙飛行士の健康管理に携わったジョーン・バーニコスは言う。「宇宙船や鉱山では人間は無力だ。外の世界のサポートに頼るしかない」

 極限状況に置かれた人間のストレスを研究するバーニコスによれば、「(外部と)どのようなコミュニケーションを取るかも重要だ」。

 サンホセ鉱山の作業員たちは家族や恋人と手紙を交わしている。作業員のエディソン・ペニャは家族に、「地面の下で生きているのに、それをみんなに伝えられないのがどんなに歯がゆかったことか」と書いている。「家族に会えないことが何よりもつらい」

 地上では直径60センチほどのトンネルを掘る作業が懸命に続けられている。ただし新たな落盤が起きないように作業は慎重に進めなければならない。このため実際の救出が始まるまでにはあと3カ月かかる。うまくいけば11月末までに、33人全員を1人ずつ地上に引き上げることができるだろう。

家族の言動が大きく影響

 NASAの広報担当者であるジョシュア・バックによれば、既にNASAの科学者は米国務省を経由してチリ政府当局に協力している。そして「医療や栄養、行動科学の分野で専門的な助言」を与えていくことになると言う。

 作業員の家族は現在、鉱山近くに設けられた「エスペランサ(希望)」という名のキャンプでテント暮らしをしている。だが生存が確認され、3カ月後という救出のめどがたった今、家族で交代で訪れる仕組みを作って日常生活に戻っていく可能性が高い。

 それが地下に閉じ込められた人々には精神的打撃になるかもしれないと、バーニコスは指摘する。「家族は家に帰っていくけれど、地下の彼らはどこにも行けない。それは彼らが一番考えたくない事実だ」。些細なことに思えるかもしれないが、「宇宙飛行士でも(地上の)管制室のスタッフが交代すると暗い気分になるときがある」と、彼女は言う。

 バーニコスによれば、地下の作業員の士気を維持するには、コミュニケーションを取り合うだけでは不十分かもしれない。「あるロシア人宇宙飛行士は、(宇宙に滞在し始めて)しばらくたつと家族と連絡を取るのをやめたと言っていた。地上にいる連中と話をしたって意味ないじゃないか、とね」

「作業員の家族は、普通の会話を心掛けるべきだ」とバーニコスは言う。「『(息子の)ジョニーがまた学校で問題を起こしたのよ』といった具合だ。そうすれば生き生きとした会話ができる。『あなたのことを考えて、祈っているわ』と言ってばかりいるより、彼らにはずっと励みになる」

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