最新記事

音楽

ジャズ第2の故郷、ヨーロッパの夏

アメリカの人種差別を逃れ、自由と解放を軸に新たな進化を遂げる

2010年9月10日(金)12時59分
バレリー・グラッドストーン

 ジャズ歌手ジョセフィン・ベーカーらが発祥の地アメリカの人種差別を逃れ、パリで歓迎の輪に飛び込んだのは1920年代。以来、ジャズはヨーロッパ文化の中で特別な地位を占めてきた。

 今なおジャズはヨーロッパの音楽祭シーズンの要だ。CDの売り上げは振るわないかもしれないが、夏の美しい風景の中でジャズを聴きたいというファンの数は年々増えている。

 ヨーロッパで最も古く、ジャズ・ア・ジュアンの名で親しまれる南仏アンティーブのジャズフェスティバルは今年50周年。ジャザルディアと呼ばれるスペインのサンセバスチャン・ジャズフェスティバルと、スイスのモントルー・ジャズフェスティバルは共に44年目を迎える。

 アンティーブ・ジャズフェスティバルは1960年、米ニューオーリンズからアンティーブに移り住み、59年にパリで客死したサックス奏者シドニー・ベシェを追悼する形で始まった。フェスティバルは欧州全土に飛び火し、今ではヨーロッパに家を買うミュージシャンも大勢いるほど。トランペット奏者のウィントン・マルサリスはフランス南西部のマルシアックに家とブドウ畑を購入した。

 「ヨーロッパ、特にフランスは第二次大戦後にジャズに恋をした」と、アンティーブ・ジャズフェスティバルの芸術監督を務めるジャンルネ・パラシオは語る。「アメリカで人種差別に苦しんだミュージシャンたちを、ヨーロッパは歓迎した。私たちにとってジャズは自由の象徴だ」

 数十年前に火が付いたジャズ熱は衰えるどころか、勢いを増している。マイルス・デイビス、ジョン・コルトレーン、エラ・フィッツジェラルドといった巨人に負けない才能が台頭してきたためだ。

ジャンルを超えた出演陣

 ロイ・ハーグローブ、ケニー・ギャレット、ブラッド・メルドーにジャッキー・テラソン。彼らは先達に引けを取らない演奏で新しいファンの心をつかんだ。

 フェスティバルではアーマド・ジャマルやソニー・ロリンズなど、80歳前後の超ベテラン勢もステージに立つ。ピアニストのハンク・ジョーンズは今年5月に91歳で亡くなるまで常連だった。

 音楽祭の魅力の1つが会場の自然環境だ。サンセバスチャンは大西洋に面し、モントルーはアルプス山脈に囲まれている。アンティーブの会場は松林に抱かれ、マルシアックではフランスの田園がジャズに染まる。

 ライブ会場がこぢんまりとしているのもいい。ロックスターと違い、どんなに有名でもボディーガードを引き連れリムジンで乗り付けるアーティストはいないと、パラシオは指摘する。「ジャズミュージシャンは人間関係を大切にし、ファンと気軽に交流する。ほかの芸術にはない温かみがある」

 とはいえプログラムは時代を反映し、「ジャズ」にとらわれなくなった。昨年2万3000人を集めたアンティーブには今年、ポップスやR&Bに分類されることの多いジョージ・ベンソンやフラメンコギターのパコ・デ・ルシアが出演。ジャズベーシストのマーカス・ミラーはモンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団と共演する。
オランダ・ロッテルダムのノースシー・ジャズフェスティバルも、ジャンル外のアーティストを呼ぶ。今年の目玉はスティービー・ワンダーで、そのほかクラシックピアニストのも招いた。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

アングル:ロシア社会に迫る大量の帰還兵問題、政治不

ワールド

カーク氏射殺、22歳容疑者を拘束 弾薬に「ファシス

ワールド

米、欧州とともにロシア非難の共同声明 「NATO領

ワールド

ウクライナ「安全の保証」策定急務、ポーランド領空侵
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 2
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    「AIで十分」事務職が減少...日本企業に人材採用抑制…
  • 9
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「火山が多い国」はどこ?
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 6
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 7
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 8
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 9
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 10
    眠らないと脳にゴミがたまる...「脳を守る」3つの習…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 4
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 5
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中