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夭折作家ラーソンの秘密

世界で2700万部以上を売る驚異のミステリー3部作『ミレニアム』を書いた故スティーグ・ラーソンは「不完全な天才」だった

2010年7月7日(水)16時20分
マルコム・ジョーンズ(書評担当)

 スティーグ・ラーソンは完璧ではなかった。彼が書いたミステリー小説は、かのディケンズも恥じ入るほど「偶然の一致」だらけ。格闘シーンはテレビゲームを描写しているかのようだし、コンピューターなどの商品名がやたらと出てきて、企業からカネでももらっていたのかと疑いたくなる。

 政治誌の編集長だったこのスウェーデン人作家は、ジャーナリスト用語でいうところの「取材メモ丸写し」の男でもあった。説明が必要以上に細かく、数ページ後に同じ話を繰り返すこともしばしばだ。

 それでも作品に詰まった快楽に比べれば、そんな欠点は取るに足りない。04年に心臓発作のため50歳で急死したラーソンの小説は、一度手にしたら午前3時まで読みふけり、次の晩も急いで帰って同じことがしたくなる。

 彼が生前に完成させた3冊の小説、『ミレニアム』シリーズ(邦訳はいずれも早川書房)は世界で2700万部以上のベストセラーになっている。なぜこんなすごいことができたのか、考えてみるだけの価値はある。

 第1部『ドラゴン・タトゥーの女』と第2部『火と戯れる女』を読んだ人は、それぞれが1つの大きな物語の一部であることに気付いているはずだ。3作は独立したストーリーを持つが、第2部の結末は読者にとって拷問もの。頭部を銃撃されて生き埋めにされたヒロイン、天才的ハッカーのリスベット・サランデルの運命は......?

 最終編となった第3部『眠れる女と狂卓の騎士』(5月に全米発売)の冒頭、サランデルは自由を奪われている。病院や刑務所に閉じ込められ、公安警察の秘密組織と通じた謎の人物はさらなる計略を巡らしている(生前のラーソンは第4部の草稿をまとめ、さらに2作の構想を練っていた)。

寝だめをして読むべき

 ラーソンがヒロインに課したハードルの高さは見ものだ。サランデルは体が弱り、手元にある武器は携帯情報端末と携帯電話だけ。でもありがたいことに、どちらの機器もちゃんと通じている。本作を読む前は、たっぷり「寝だめ」することをお勧めしよう。

 ラーソンはある意味、ジョン・グリシャムと同じだ。小説家としてはアマチュアで、物語の構成に苦労しているのがすぐ分かる。だがどちらにも、普通の人を強迫観念や陰謀が渦巻く世界に送り込み、手に汗握るプロットを紡ぎ出す生まれながらの才能があった。

 そしてラーソンには、特別な切り札もあった。異色のヒロインの存在だ。サランデルは対人関係に問題があるが、驚異的な頭脳を持ち、戦いが上手でコンピューターひとつで何でもできる。

 ラーソンが天才なのは、超人的ヒロインを従来の警察小説のスタイルと組み合わせたことだ。3部作はいずれも最初は退屈だが、サランデルが登場した途端、魔法のような変身を遂げる。新たに巻き込まれた苦境から彼女がどう脱出するか。ページにカフェインがたっぷり入っているかのような、ものすごい興奮を味わえる。

 素敵な変わり者のサランデルは童話『長くつ下のピッピ』の主人公が大人になったみたいだ。それも、かなり偏屈な大人に(『ミレニアム』のもう1人の主人公であるジャーナリストのあだ名はカッレ。『ピッピ』を書いたスウェーデンの児童文学作家アストリッド・リンドグレンの童話『名探偵カッレくん』にちなんでいる)。

 ラーソンは早過ぎる死を迎えた。だが魅力いっぱいのリスベット・サランデルの力で、彼の名前は長く生き続けるはずだ。

[2010年6月 9日号掲載]

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