最新記事

米外交

今どき「ロシア人スパイ」逮捕のなぜ

米露首脳会談の直後の逮捕劇で憶測を呼ぶロシア・スパイ事件だが、スパイ集団は核兵器研究の関係者やオバマ政権高官も標的にしていた可能性がある

2010年6月30日(水)16時48分
マーク・ホーゼンボール(ワシントン支局)

冷戦さながら ニューヨークの裁判所に出廷した「アンナ・チャップマン」ら被告5人の法廷画(6月28日) Jane Rosenburg-Reuters

 まるで冷戦時代を彷彿とさせる事件だ。アメリカ政府は28日、一般のアメリカ人を偽装していたロシアのスパイ集団を逮捕した、と発表した。逮捕された10人は直接のスパイ容疑で逮捕されたわけではなく、今のところはマネーロンダリング(資金洗浄)や、事前登録のないまま外国政府の要請に基づいて政治活動を行った疑いがもたれている。ロシア外務省は29日、事件を「根拠がなく誤りだ」と強く否定した。

 FBI(米連邦捜査局)の捜査はずっと続いていた。捜査当局者によれば、捜査期間はおそらく10年近くに及ぶ。逮捕の数日前には、訪米中のドミトリー・メドベージェフ大統領がバラク・オバマ米大統領と米露関係の新時代を宣言したばかり。なぜ、捜査当局はこのタイミングでアメリカに潜入していた10人のロシア人スパイを逮捕したのか。

米露首脳会談直後に逮捕した理由

 米当局者によると、その理由は機密扱いだが、1つだけ明らかにされていることがある。それは、少なくとも容疑者の1人が国外に出る直前だったこと。「今回の逮捕が日曜日に行われたのは、捜査上のいくつかの重大な理由からだ」と、司法省の広報官ディーン・ボイドは言う。「容疑者の1人がアメリカを発つ予定になっていて、出発前に逮捕する必要があった。そういう捜査上の判断が、この時期に逮捕した唯一の理由だ」

 現在のところ、「違法」に長期にわたって活動していたロシアの潜入工作員に対する容疑は、アメリカの機密情報や防衛情報を盗んだり、盗もうとしたりしたものではない。裁判資料によれば、彼らはアメリカの政策立案者や政府の機密情報にアクセス可能な影響力のあるアメリカ人を特定し、関係を築く活動を行っていた。標的にされたアメリカ人は、別のロシアスパイからさらに積極的な勧誘工作を受け可能性があった。

 裁判資料によれば、ターゲットにされた個人には、安全保障関係の元高官や核兵器研究に携わっていたアメリカ人がいた。また「政界でも有名」なある政党の「活発な資金提供者」で、「現政権の高官」と「個人的に親しい」「著名なニューヨークの資本家」とFBIが説明する人物も含まれていた。資料には個人名や個人が特定できる情報は書かれておらず、「現政権の高官」も特定されていない。

「現政権の高官」とは誰なのか

 だが裁判資料の中には、ニュージャージー州を拠点にしていた容疑者同士の09年2月3日付の電子メールのやり取りがあり、そこには、この「著名なニューヨークの資本家」がシンシア・マーフィーという名を使ったロシア人スパイと何度か会っていたことが示唆されていた。この件に詳しいある政府当局者(敏感な問題なので匿名を希望)によれば、「現政権の高官」とされる人物は、09年1月にオバマ政権発足時に政権のメンバーになった人物らしい。

 10人の容疑者は、これから数日で東海岸にあるあちこちの連邦裁判所に送られることになる、と政府筋は言う。ドナルド・ヒースフィールド、トレーシー・フォーリーという名を使う被告2人は、マサチューセッツ州ボストンで7月1日正午に拘留尋問が予定されている。マイケル・ゾットーリ、パトリシア・ミルズ、ミハエル・セメンコという名前の被告らに対しても、バージニア州アレクサンドリアの連邦裁判所で1日正午に拘留尋問が行われる。

 リチャード・マーフィーとシンシア・マーフィー、ファン・ラザロとビッキー・ペラエズに対しては、ニューヨークのマンハッタンで1日午後4時に拘留尋問が行われる。アンナ・チャップマンという名の被告は、6月28日に行われた最初の出廷で拘留に反論したが、保釈申請は却下された。AP通信によれば、今のところどの被告も罪状認否を行っていない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

独ZEW景気期待指数、7月は52.7へ上昇 予想上

ビジネス

日産、追浜工場の生産を27年度末に終了 日産自動車

ワールド

米大統領、兵器提供でモスクワ攻撃可能かゼレンスキー

ビジネス

世界の投資家心理が急回復、2月以来の強気水準=Bo
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機」に襲撃されたキーウ、大爆発の瞬間を捉えた「衝撃映像」
  • 2
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中にまさかの居眠り...その姿がばっちり撮られた大物セレブとは?
  • 3
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 4
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 5
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 6
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 7
    【クイズ】次のうち、生物学的に「本当に存在する」…
  • 8
    「このお菓子、子どもに本当に大丈夫?」──食品添加…
  • 9
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 10
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 5
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 9
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 10
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中