最新記事

ヨーロッパ

EUの地盤沈下が止まらない

共通外交政策よりも自国の利益を優先、「身勝手な指導者」が欧州をむしばんでいる

2010年5月14日(金)13時13分
デニス・マクシェーン(英労働党下院議員、元欧州担当相)

 国際政治が今ほど不安定なのは、1930年代以来のことだ。中国やインド、トルコ、ブラジルなどの新興国、それに再び強力な自己主張を始めたロシアは、従来型の民主主義に対してこれまでにない挑戦状をたたき付けている。

 なのにヨーロッパは、EU(欧州連合)拡大を国際政治での発言力拡大に結び付けることができずにいる。それどころか一段と存在感を失っているように見える。

 5月に行われる予定だった毎年恒例の米EU首脳会議は取りやめになった。バラク・オバマ米大統領が今年はこの「写真撮影会」に出席しないことを決めたからだ。オバマは4月8日チェコの首都プラハを訪問するが、それはロシアのドミトリー・メドベージェフ大統領に会って新しい核軍縮条約に調印するのが目的だ。

 アメリカとヨーロッパには外交分野で共通の利益がある──そんな理解がまかり通ったのは過去の話。今やそんな概念は、まったくの時代遅れに見える。

 こんなはずではなかった。09年12月にはEUの新憲法であるリスボン条約が、10年にわたる紆余曲折の末、鳴り物入りで発効した。

存在感の薄いEU大統領

 同条約は、EU大統領(欧州理事会常任議長)とEU外相(外務・安全保障上級代表)という2つのポストを新設して、共通外交政策を実現すると高らかに宣言した。だがうまくいっていない。

 一部の識者はEUを脇に追いやり、アメリカと中国による「G2」の時代が来たと騒いでいる。その中国は、気候変動問題を協議したコペンハーゲン会議でリーダー気取りのEUを無視。ロシアもEUとの関係強化よりも、イタリアなど従順な国との2国間関係を築きたがっている。

 EUがイランの核開発問題に神経質になるなか、トルコはそれを鼻であしらうようにイラン大統領の訪問を歓迎した。ブラジルもヨーロッパの意向などお構いなしに、フォークランド諸島の領有権をあらためて主張するアルゼンチンへの支持を表明した。

 問題の一端は、魅力的な人物の不在にある。なかでもヘルマン・ヴァンロンプイEU大統領とキャサリン・アシュトン外相は無名で、良くも悪くも存在感がない。

 だが本当に問題なのは、ヨーロッパの指導者たちが、実のところ共通の外交政策を取るつもりなどないことだ。

 欧州委員会のジョゼ・マヌエル・バローゾ委員長は、EUの顔としての立場を奪われまいと大統領職の創設に異義を唱えていた。シャルル・ドゴール並みの国際政治のキープレーヤーを自負するニコラ・サルコジ仏大統領は、他のヨーロッパ諸国がロシアの台頭に不安を覚えているのに、最新鋭の軍艦をロシアに売却した。

ドイツや英国には好都合

 共通外交政策の不在は、自国産業の輸出促進にしか関心がないらしいアンゲラ・メルケル独首相には好都合だ。いまだにコソボの独立を認めずに、バルカン半島問題の全面的解決を遅らせているスペイン政府や、5月6日の総選挙まで外交政策を「保留」しているイギリス政府にとっても都合がいい。

 重要な外交問題でも、各国の意見は割れている。ロシアを阻止するのか迎合するのか、トルコのEU加盟を認めるのか、イスラエルに強硬姿勢を取るのか、アフガニスタンをどうするのか......。

 アフガニスタンに関してはほとんどのEU諸国が派兵に消極的だ。実際オランダでは今年2月、アフガニスタン駐留問題で意見が対立し、連立政権が崩壊している。対キューバ関係のように重要性の低い問題でも、カストロ政権と交渉している国もあれば、独裁体制だとボイコットしている国もあるなど、足並みはそろわない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・イランが間接協議、域内情勢のエスカレーション回

ワールド

ベトナム共産党、国家主席にラム公安相指名 国会議長

ワールド

サウジ皇太子と米大統領補佐官、二国間協定やガザ問題

ワールド

ジョージア「スパイ法案」、大統領が拒否権発動
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 7

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 8

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの…

  • 9

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 8

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中