最新記事

東南アジア

タイ動乱は「内戦」に発展するか

ルワンダのような惨劇に至る確率は低いと専門家は言うが、これが内戦でないのなら一体何と呼べばいいのか

2010年4月26日(月)17時52分
パトリック・ウィン

怒りに燃えて 落書きされたアピシット首相の肖像画の前で抗議運動を展開する赤シャツ隊(4月25日) Sukree Sukplang-Reuters

 バンコク市内にある人気カフェチェーン「オーボンパン」の外で、数百人のタイ人が敵にヤジを飛ばしている。彼らが憎しみをぶつけるのは、混雑する大通りと、竹と古タイヤで作られた防護壁を越えた先──現政権の退陣を求める「赤シャツ隊」の野営地だ。田舎者を指す「水牛」と「オオトカゲ」の意のタイ語を連呼するのは、農村出身者が多い赤シャツ隊を侮辱するためだ。

 一方、反対陣営では、赤シャツ姿の男たちが竹の防護壁の隙間から敵の様子を伺い、安いタバコを吸い、木製の棒を握りしめて悪態をついている。

 これが、政治的に分断されたタイの現状だ。貧しい「庶民」が集まる赤シャツ隊と、社会の上層部が多い政府支持派の対立はあまりに根深く、タイのメディアや国会議員、学者らの間では内戦への恐怖が公然と語られている。

 タイ社会が内戦勃発を恐れるのはなぜか。それは、何年も続いてきた抗議運動がここにきて一段と深刻なレベルに達しており、解決は程遠いと誰もが認めているからだ。

 アピシット政権の転覆を望む赤シャツ隊の抗議運動によって、この6週間で26人が死亡し、900人ほどが負傷した。赤シャツ姿の反政府集団は、都市部のエリート層を優遇する「ダブルスタンダード」のせいで自分たちが冷遇されていると感じている労働者階級の心をとらえ、新興企業や軍の強硬派も取り込んでいる。赤シャツ隊を背後で支えるのは、2006年のクーデターで失脚して亡命したタクシン・シナワット元首相だ。

 対立が長引くなか、バンコクでは銀行や省庁ビルのような象徴的な建物を標的に、擲弾銃「M79グレネードランチャー」による不可解な攻撃が相次いでいる。4月22日には、鉄道駅付近に集まった政府支持者などを狙った連続爆発事件が勃発。女性1人が死亡し、75人以上が負傷した。

「奴らは殺人者だ。無実の人を殺す行為にうんざりしている」と語るのは、爆発を目撃した31歳のサラリーマン、プラチープ・サリー。彼はアピシット首相の支持者で、赤シャツ隊の弾圧を求める集会に集まった多くのバンコク市民の1人だ。

内戦の恐怖をあおっているのは政府自身

 タイの内戦への注意を喚起するため、中央アフリカのルワンダでの残忍な内戦を描いたハリウッド映画『ホテル・ルワンダ』の公開上映を求める民間団体さえある。主要テレビ局TPBSは先週、『ホテル・ルワンダ』の一部シーンを放映し、バンコクでの爆発事件の映像を追悼の合唱曲にのせてスローモーションで流した。

 タイ語の地元紙コム・チャド・ルックによれば、内戦に発展する可能性を判断するために国会が召集されたという。さらに証券大手のキムエン証券が顧客に「全面的な内戦」について警告を発したのを受けて、タイの株式市場は2%急落した。

 本当に内戦が勃発するのか。専門家は、可能性は低いだろうという。

 学術的には、内戦とは年間1000人以上の死者を出し、強者側の犠牲者が全体の5%以上を占めるような紛争を指すとされる。タイでそれほど大規模な衝突が発生する可能性は「かなり低い」ままだと、国立シンガポール大学の政治学者フェデリコ・フェラーラは言う。「両陣営が相手におおっぴらに戦争行為を仕掛ける確率は極めて低い」

 だが、赤シャツ隊と軍の衝突や、政府支持派のデモ隊との対立が続けば、さらなる流血の事態が発生する可能性は十分にある。「両陣営の武力を考慮すれば、大量の犠牲者が出るリスクは確実にある」と、フェラーラは指摘する。

 国民の間に広がる内戦への不安はただのヒステリーではないと、ノースカロライナ大学カロライナ・アジアセンターのケビン・ヒュイソン所長も言う。彼に言わせれば、内戦への恐怖を呼び覚ましているのは政府自身だ。政府は、赤シャツ隊がタイの諸制度を、流血を伴う革命で転覆させようとしている警告している。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米ディズニーCEO「今後も対中投資拡大」、北京で副

ワールド

米印貿易協定、モディ氏の電話見送りで暗礁=ラトニッ

ビジネス

台湾TSMC、第4四半期売上高は前年比20%増 予

ビジネス

マスク氏のxAI、ミシシッピ州データセンターに20
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AI兵士の新しい戦争
特集:AI兵士の新しい戦争
2026年1月13日号(1/ 6発売)

ヒューマノイド・ロボット「ファントムMK1」がアメリカの戦場と戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 3
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 4
    次々に船に降り立つ兵士たち...米南方軍が「影の船団…
  • 5
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 6
    ベネズエラの二の舞を恐れイランの最高指導者ハメネ…
  • 7
    「グリーンランドにはロシアと中国の船がうじゃうじ…
  • 8
    トランプがベネズエラで大幅に書き換えた「モンロー…
  • 9
    マドゥロ拘束作戦で暗躍した偵察機「RQ-170」...米空…
  • 10
    「不法移民からアメリカを守る」ICEが市民を射殺、証…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
  • 5
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 6
    眠る筋力を覚醒させる技術「ブレーシング」とは?...…
  • 7
    中国軍の挑発に口を閉ざす韓国軍の危うい実態 「沈黙…
  • 8
    次々に船に降り立つ兵士たち...米南方軍が「影の船団…
  • 9
    ベネズエラの二の舞を恐れイランの最高指導者ハメネ…
  • 10
    アメリカ、中国に台湾圧力停止を求める
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 7
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 8
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 9
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 10
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中