最新記事

米中関係

猛威振るう「チャイナ・ファースト」思想

豊かになれば中国も既存の世界秩序に従うと思ったが、それはアメリカの大きな間違いだった

2010年2月18日(木)18時03分
ロバート・サミュエルソン(本誌コラムニスト)

喧嘩の中休み 緊張する米中関係に注目が集まる中、香港に寄港を許された米原子力空母ニミッツ(2月17日) Bobby Yip-Reuters

 アメリカの政界・財界・学界のエリートたちの中国に対する見方は根本的に誤っていた。それが最近、明らかになりつつある。

 米中間にはさまざまな問題が生じている。中国が人民元の為替レートを本来あるべき水準より安く維持し、貿易へ影響を与えているのがいい例だ。

 中国は国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP15)では交渉決裂を招き、イランの核兵器開発を防ごうという国際的な努力に対しても非協力的だ。同様のことは北朝鮮の核問題でも言える。アメリカから台湾への武器輸出や、グーグルの中国撤退の可能性といった火種もある。

 アメリカと中国は、まったく異なる視点から世界を見ている。アメリカは大恐慌と第二次世界大戦を通して、孤立主義は国益を害するという教訓を学んだ。

 アメリカは自らの経済と国土を守るために、自国外の問題にも関与しなければならなかった。こうした考え方は、今も海外派兵や世界経済の自由化推進を正当化する根拠となっている。その目標は安定であり、帝国の建設ではない。

 中国も安定を求めている点では同じだ。だがイギリスのジャーナリスト、マーチン・ジャクスの名著『中国が世界を支配するとき──西洋世界の終焉と新グローバル秩序の誕生』に見るとおり、その歴史的経緯も視点もアメリカとは異なる。

歴史が生んだ「自国第一主義」

 1839〜42年のアヘン戦争以降、中国は軍事的敗北を何度もこうむり、そのたびにイギリスやフランスなどの列強に通商上・政治上の特権を与える屈辱的な条約を結ぶことを余儀なくされた。

 20世紀には、国共内戦と日本の侵略で中国はばらばらにされてしまった。内戦は49年に共産党の勝利に終わり、ようやく統一政府が生まれた。こうした経験により中国には、秩序の混乱への恐怖心や外国による搾取の記憶が残された。

 78年以降、中国経済の規模は約10倍にふくれあがった。これまでアメリカには、中国が豊かになれば、その関心や価値観もアメリカのものに近づくだろうという読みがあった。

 中国は繁栄する世界経済に依存するようになり、国内市場の開放が進めば共産党の締め付けも弱まるだろう。米中の間にたとえ意見の相違があっても、それほど深刻な対立にはならないはずだ――。

 だが最近の様子を見るとどうも違う。中国は豊かになるとともに前より独断的になったとジャクスは指摘する。アメリカの威信はアメリカ発の金融危機によって大きく傷ついた。

 だが、米中間の亀裂は大きくなりつつある。中国は戦後の世界秩序の正当性も認めなければ、それを好ましいものだとも考えていない。ちなみに戦後の世界秩序には「アメリカをはじめとする大国が世界経済の安定と平和に集団的な責任を持つ」との概念が含まれている。

 中国の外交政策の背後にはまったく別の概念がある。それが「チャイナ・ファースト」だ。

都合が悪い秩序は認めない

いわゆる「アメリカ・ファースト」(30年代のアメリカの孤立主義)と異なり、チャイナ・ファーストは世界から距離を置くことを意味しない。中国は中国なりのやり方で国際社会に関わっていくということだ。

 01年に世界貿易機関(WTO)に加盟したときのように、中国は自らのニーズに役立つと思えば既存の秩序を受け入れ、支持する。そうでなければ、自分自身のルールと規範に従って振舞う。

 貿易分野では余剰労働力と必需品の不足という2つの大きな問題に対処すべく、誰が見ても不公平な政策を採っている。人民元のレートが安く維持されているのは、年に2000万人かそれ以上の新規雇用を創出するためだとジャクスは書いている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中印ブラジル「ロシアと取引継続なら大打撃」、NAT

ビジネス

NY外為市場=ドル急伸し148円台後半、4月以来の

ビジネス

米金利変更急がず、関税の影響は限定的な可能性=ボス

ワールド

トランプ氏「ウクライナはモスクワ攻撃すべきでない」
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パスタの食べ方」に批判殺到、SNSで動画が大炎上
  • 2
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機…
  • 5
    「このお菓子、子どもに本当に大丈夫?」──食品添加…
  • 6
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中…
  • 7
    約3万人のオーディションで抜擢...ドラマ版『ハリー…
  • 8
    「オーバーツーリズムは存在しない」──星野リゾート…
  • 9
    「巨大なヘラジカ」が車と衝突し死亡、側溝に「遺さ…
  • 10
    歴史的転換?ドイツはもうイスラエルのジェノサイド…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 5
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 9
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中