最新記事

トルコ

オバマを救う中東の外交巧者エルドアン

イスラム色を強め、シリアやイランに接近するトルコを危険視する声もあるが、アラブとイスラエルの架け橋になれる貴重な存在だ

2009年12月9日(水)18時05分
マーク・リンチ(米ジョージ・ワシントン大学准教授〔政治学〕)

新たな同盟を イスラエルとアラブ双方と対話ができるトルコのエルドアン首相はオバマ政権にとって有益なパートナーだ(12月7日)
Kevin Lamarque-Reuters

 トルコのレジェップ・タイップ・エルドアン首相が12月7日、バラク・オバマ大統領との首脳会談のためワシントンを訪れた。エルドアンは滞在中、公式行事や私的な会合に複数出席した。

 残念ながら私は仕事に追われてどれにも顔を出せなかったが、ぜひ行きたかったと後悔している。最近の中東外交において、エルドアンほど興味深い人物はいないからだ。

 エルドアンがトルコ外交の新路線を追求していることに対して、アラブの大衆は喝采を叫び、アラブの指導者は警戒を強め、多くのイスラエル人は不安を募らせている。中東におけるトルコの役割の変化は、長年続いてきた中東の常識をさまざまな面で一変させかねない要因の一つだ。

 エルドアンは、穏健なイスラム主義を掲げる与党・公正発展党(AKP)の党首で、総選挙での2度の勝利とAKPの統治スタイルはアラブ世界の人々を魅了している。私は、AKPの成功の秘訣を学びたいと願うムスリム同胞団のメンバーらと幾度となく会話を交わし、彼らが書いた論文やコラムを数多く読んできた。
 
 イスラム教に基づく政治体制を構築したAKPは、彼らにとって重要なロールモデルだ。もっともそのモデルは、諸刃の剣かもしれないが。

 トルコの世俗主義者らは政治における宗教色の増大に警鐘を鳴らし続け、AKPがトルコの政治文化と統治方式を急激に変えようとしていると不満をもらす。だが私は、こうした対立は政治的大惨事ではなく健全な議論であり、政治においては普通のことだと思う。
 
 エルドアンは今年1月の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で、パレスチナ自治区ガザへの攻撃の是非をめぐってイスラエルのシモン・ぺレス大統領と激しく口論した末に退席した。これが大きく報じられると、アラブ世界におけるエルドアンの人気は一気に高まった。

シリアとイスラエルの秘密交渉の仲介役に

 突然のエルドアン人気をうまく利用しながら、トルコはより積極的で自立した外交的役割を模索している。トルコ外交は多くの面で、カタールに似ている。カタールもアメリカの重要な同盟国で、アラブの大衆に人気が高い。

 カタールと同じく、トルコも政治的に分断されたアラブ世界の両極と、明確かつ断固たる態度で対話をもっている。つまり、イスラエルとアメリカとの関係を維持しながら、シリアやイランにも定期的に関与しているのだ。昨年、シリアとイスラエルが極秘裏に和平交渉を行った際に、トルコが仲介役になったのも偶然ではない。

 こうした方向転換のおかげでエルドアンとトルコがアラブ世界から喝采を浴びている一方、イスラエルや、イスラエルとトルコの同盟関係に尽力してきた国々から厳しい批判の声が上がっているのは当然の成り行きだ(とくに、トルコが10月に予定されていたNATO(北大西洋条約機構)の合同軍事演習からイスラエルを締め出し、演習を中止に追い込んだ一件以降、批判が強まっている)。

 トルコの危険な新路線や反米主義の盛り上がり、イスラム主義の政治介入、過激なイスラム思想に転換するとの憶測。各紙のコラムには、こうした不安に対する不吉な警告があふれている。

 さらに、自国内のイスラム主義者の動向に疑心暗鬼になっているアラブ諸国も、AKPのやり方に恐怖感をいだき、予測不可能な新顔の乱入を懸念している。

 だが私に言わせれば、そうした心配はどれも大げさだ。中東でのより積極的な役割を模索するトルコの方針転換を後押ししているのは、エルドアンのイスラム主義だけではない。EU(欧州連合)加盟への扉が事実上閉ざされたことも、同じくらい影響していると思う(EU加盟はイスラム過激派の思想と相いれないが、AKPは加盟を強く推奨してきた)。

 クルド人国家樹立をめざす武装組織クルド労働者党(PKK)の隠れ場とされるイラク北部にトルコ軍が侵攻した際にはイラクとの緊張が高まったが、その後はイラクでもより建設的な役割を果たしている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国こそが「真の脅威」、台湾が中国外相のミュンヘン

ワールド

米中「デカップリング論」に警鐘、中国外相がミュンヘ

ビジネス

ウォルマート決算や経済指標に注目、「AIの負の影響

ワールド

ドバイ港湾DPワールドのトップ辞任、「エプスタイン
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:習近平独裁の未来
特集:習近平独裁の未来
2026年2月17日号(2/10発売)

軍ナンバー2の粛清は強権体制の揺らぎか、「スマート独裁」の強化の始まりか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「ヒンメルならそうした」...コスプレイヤーが消火活動する動画に世界中のネット民から賞賛の声
  • 2
    【銘柄】マイクロソフトの株価が暴落...「AI懸念」でソフトウェア株総崩れの中、投資マネーの新潮流は?
  • 3
    なぜ「あと1レップ」が筋肉を壊すのか...「高速パワートレーニング」が失速する理由
  • 4
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
  • 5
    それで街を歩いて大丈夫? 米モデル、「目のやり場に…
  • 6
    世界市場3.8兆円、日本アニメは転換点へ――成長を支え…
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 9
    反ワクチン政策が人命を奪い始めた
  • 10
    ビジネスクラスの乗客が「あり得ないマナー違反」...…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 3
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 4
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
  • 5
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 6
    ビジネスクラスの乗客が「あり得ないマナー違反」...…
  • 7
    がんは何を食べて生き延びるのか?...「ブドウ糖」の…
  • 8
    【銘柄】マイクロソフトの株価が暴落...「AI懸念」で…
  • 9
    「ヒンメルならそうした」...コスプレイヤーが消火活…
  • 10
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 6
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 7
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 8
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 9
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 10
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中