最新記事

温暖化

中国とインドが払うツケ

中国とインドはCO2排出削減に応じようとしないが、両国が温暖化によって受けるダメージは先進国より大きい

2009年10月9日(金)16時25分
シャロン・ベグリー(サイエンス担当)

 今までに人類が排出し、現在大気中に存在している膨大な量の温室効果ガスのうち、中国とインドが排出した分はそれぞれ10%と3%にすぎず、先進諸国全体の75%に比べれば微々たるものだ(世界資源研究所調べ)。

 だから、まずは先進諸国が二酸化炭素の排出を減らすべきだと、中国やインドは一貫して主張している。7月にはインド側の当局者がヒラリー・クリントン米国務長官に、インド政府は排出削減に応じないだろうと通告している。

 今や世界最大の二酸化炭素排出国となった中国は、いまだに第5位のインドに比べると、そこまで露骨な物言いはしない。だが先進諸国に対して「今までに排出した総量と、今も国民1人当たりの排出量が多いことへの責任を取って......今後の排出量を大幅に削減」するよう求める一方、途上国は今後も「経済発展」を追求すると宣言している。要するに、こちらも削減の意思なしである。

 ひとまず筋は通っている。燃費の悪い大型車を乗り回しているアメリカ人に二酸化炭素の排出を減らせと言われる筋合いはないと、反発したくなる気持ちも分かる。

 だが、本当にそれでいいのか。中国もインドも来たるべき温暖化地獄から逃れることはできないし、高緯度地方に集まる先進諸国よりも深刻な影響が予想される。

ヒマラヤの氷河が消える

 自然の猛威は、たいてい富める者よりも貧しい者に厳しい。カネがあれば引っ越しもできるし堤防も築ける。エアコンもあるし、高くても食料を買える。だが貧しければ飢え、高波に溺れ、熱波と疫病で命を落とすことになる。

 気候変動の影響は地域によっても異なる。この点でもインドと中国は不利だ。07年の国連IPCC(気候変動に関する政府間パネル)報告によれば、中国とインド(特に北部)などの経済成長地域では21世紀末の気温上昇が実に5度前後と予想されている(西ヨーロッパなどでは2度程度とされる)。

 温暖化が進むと集中豪雨が起きやすくなり、降雨パターンが変わる。そのため中国やインドでは、洪水や干ばつの頻度が増えることも予想される。既に中国南部と西部では、1950年代に比べて洪水の件数が7倍に増えている。

 その一方、人口増に対応するためには20年代までに中国で最大15%、インドで5%ほどかんがい施設を広げる必要がある。熱帯性低気圧が大型化し、より激しい風と豪雨をもたらすとの予測もある。

 もっと悲惨なのは、中国でもインドでも新鮮な淡水の入手が困難になることだ。どちらの国も、農業用水や飲料水の大半をチベット高原やヒマラヤ山脈の氷河に頼っている。氷河から溶け出た水が長江や黄河、ガンジス川やインダス川を潤している。

 しかしヒマラヤ山脈の気温は世界平均に比べて3倍の速さで上昇しており、氷河はどこよりも急速に溶け出し、35年までには消滅する可能性がある。季節によってガンジス川やインダス川が干上がるようになるのも時間の問題だ。中国とインドに住む数十億の人が使える水の量は、今世紀中に20~40%ほど減ってしまいかねない。

 今までは春の雪解け水が農業用に有効利用されていたが、温暖化で雪解けの時期が早まれば、その豊かな水も無駄に流れていく。そうした影響も考慮すれば、農業生産高は30年までに10%ほど減る恐れがあるという。

 今も中国では過去半世紀で最悪の干ばつが起きていて、3億人が水不足に悩み、2000万謔の農地に被害が出ている。稲の生育期の最低気温が2度上がるごとに、アジアのコメ生産量は10%減るとの予測もある。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

北朝鮮の金総書記、新誘導技術搭載の弾道ミサイル実験

ワールド

アフガン中部で銃撃、外国人ら4人死亡 3人はスペイ

ビジネス

ユーロ圏インフレ率、25年に2%目標まで低下へ=E

ビジネス

米国株式市場=ダウ終値で初の4万ドル台、利下げ観測
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 5

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    無名コメディアンによる狂気ドラマ『私のトナカイち…

  • 8

    他人から非難された...そんな時「釈迦牟尼の出した答…

  • 9

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 10

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中