最新記事

社会

デモ黙認の天安門広場が中国を変える?

四川大地震の犠牲者の哀悼に駆けつけた人々を、警官は警戒しながら見守った。反政府ではなく助け合いの輪なら許されるのか、中国ではまだ微妙だ

2009年6月3日(水)15時41分
メリンダ・リウ(北京支局長)、メアリー・ヘノック(北京支局)

 5月19日午後2時28分、広大な天安門広場は大勢の人々で埋め尽くされた。すすり泣きが聞こえるなかでの3分間の黙祷。その後、人々は拳を振り上げて大声で叫びはじめた──「中国万歳!」。

 中国政府は、この広場でのデモに神経をとがらせている。19年前、民主化を叫ぶ学生を武力鎮圧し、流血の惨事に発展した天安門事件の現場だからだ。だがこの日、警官は無表情でデモを見守っていた。

 警官が静観していたのは、デモの目的が以前とは違ったからだろう。四川省を襲った大地震による5万5000人以上の犠牲者を追悼するため、人々は天安門広場に駆けつけた。

 大地震から1週間となる19日から3日間は、全土で喪に服す全国哀悼日となった。カリフォルニア大学の中国専門家で『中国──危うい超大国』の著者スーザン・シャーク教授は、四川大地震は「天安門事件や文化大革命のように、多くの中国人にとって忘れられない出来事になる」とみる。

初めて貧しい同胞の実態を知る

 大勢の若者が、救援活動を手伝うために四川省をめざした。河南省にある共産党の青年組織、中国共産主義青年団は心的外傷のケアのためのカウンセラーを派遣。西安の岩登りが趣味の若者グループは、深刻な被災地である四川省北川の小村に救援物資を届けるため、ロープで岩壁を降りた。

「被災者に自分は一人じゃないと知ってほしかった」と、福建省アモイから来たボランティア、胡方(フー・ファン)は言う。先週初め、フーを含む4人の仏教系団体メンバーは四川省成都の北にある半壊した道教寺院を訪れ、物資配給の拠点にした。

「中国全土から集まるボランティアに会えるのはわくわくする」と胡は言う。

 中国で若者による運動は珍しい。文化大革命中の68年に、毛沢東は理想主義的な青年に現実を見せようと、農村に送り込んだ。89年には学生が天安門事件を引き起こした。ここ数年は、政府は国家主義的な目的のためにたびたび若者を結集させてきたが、過熱する前に抑制する側に回ってきた。

 地震後、ボランティアなど善意の行動が続き、中国のナショナリズムは「過激な叫びではなく、他人への同情心に基づくものになっている」と清華大学(北京)のダニエル・ベル教授(哲学)は話す。

 これはまさに中国政府が求めているものだ。地震発生前、政府の最重要課題は、豊かな都市と貧しい農村の格差に基づく対立をどう軟化するかということだった。

 ベルは、倒壊した四川省の村落がいかに困窮していたかを一般的な中国人が目のあたりにし、強い衝撃を受けたと指摘。他人に対して思いやりをもつ新しい雰囲気が「公平な社会」をめざす政治と、市民組織づくりにつながることを期待している。

 胡は救援活動が一段落した後も「仲間と連絡を取り続けたい。ボランティアのフォーラムをネット上に立ち上げるかも」と言う。

思いやりの組織でも安心できない

 一方で、中国政府は今後、こうした民間の組織化を警戒するかもしれない。天安門事件から強硬派が学んだことは、共産党以外で大衆に訴えかける組織はすべて排除せよということだった。だが政府が、市民による救援活動が実は政府のためでもある、と気づく可能性もある。単なる被災地の救援ではなく、格差をめぐる国全体の対立を緩和することにもなると。

 天安門事件の犠牲者の遺族でさえ、今は被災地のために団結している。天安門で子供を亡くした母親のための団体を立ち上げた丁子霖(ティン・ウーリン)は、震災犠牲者を公的に追悼しようという呼びかけにとくに感銘を受けたと言う。公式追悼は、これまで政府の最高指導者が死去したときにだけ行われてきた。

「地震後に政府が取った行動は、人命を尊重するという考えが中国に定着しはじめたことを世界に伝えた」と、丁は言う。これは、四川省の瓦礫の中に差したひと筋の希望の光かもしれない。

[2008年6月11日号掲載]

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

中国、レアアース輸出ライセンス合理化に取り組んでい

ビジネス

英中銀、プライベート市場のストレステスト開始へ

ワールド

ウクライナ南部に夜間攻撃、数万人が電力・暖房なしの

ビジネス

中国の主要国有銀、元上昇を緩やかにするためドル買い
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国」はどこ?
  • 3
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与し、名誉ある「キーパー」に任命された日本人
  • 4
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 7
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 8
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 9
    台湾に最も近い在日米軍嘉手納基地で滑走路の迅速復…
  • 10
    見えないと思った? ウィリアム皇太子夫妻、「車内の…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 7
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 10
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中