最新記事

テクノロジー

iPodが戦争を変える

多機能で操作が簡単、しかも安い──デジタル時代の戦場にはスマートな携帯端末が必需品

2009年6月19日(金)16時24分
ベンジャミン・サザーランド

 話している人の両手を縛ることは舌を縛るのと同じだ──アラビア語にはそんな意味のことわざがある。イラクに駐留する欧米の兵士は、地元の人々と意思疎通を図る上で、ジェスチャーがいかに大切かを知っている。

 例えば片手を握って開いて、また握ると「光」を意味する。しかし1回だけ開くと「爆弾」だ。最近イラクから帰還したある兵士は、イラク人男性を腹ばいにさせるために、自ら地面に寝そべって実演しなければならなかった。

 これまでの米軍なら、戦場用に開発した高価な特別仕様の携帯端末に、翻訳ソフトなど最新のアプリケーションを搭載して持たせただろう。ただし、翻訳は現代の兵士に必要な数多くの機能の1つにすぎない。

 未来の「ネットワーク戦争」では兵士同士だけでなく、兵士が兵器システムや諜報活動の情報源と「つながって」いなければならない。軍事衛星や無人偵察機、地上のセンサーから送られる大量の情報を理解するには、多機能で使いやすい携帯端末がどうしても必要になる。

 そこで近頃選ばれているのが、タッチスクリーンで操作できるアップル社のデジタル携帯端末。iPodタッチと(少し値段は張るが)iPhoneだ。

 市販の製品を軍事上の重要な機能のために使うことは、かなり画期的だ。軍用の特別仕様の機器に比べてiPodはかなり安い。何しろアップルは税金を使わずに研究開発と製造を成功させている。

 iPodタッチの小売価格は230謖以下(iPhoneのほうが多機能だが価格は600~700謖)。大抵は保護用のケースに入れて使い、戦場での使用に耐えられるくらい丈夫なことも分かっている。

 バグダッド駐留の米陸軍高官によると、iPodはまだハッキングされたことがない(米国防総省はアップルの機器の導入実績を明らかにしていない。アップルはこの件で取材に応じなかった)。

生体認証データを共有

 オンラインショップの「アップストア」にはiPhoneとiPodタッチ用のアプリケーションが2万5000以上ある。親指1本で大半の操作ができる優雅でシンプルなiPodの機能が増えるにつれて、兵士は「(iPodの)ほかに何も要らなくなるだろう」と、ニュージャージー州フォートモンマスの陸軍情報電子戦作戦本部のジム・ロス中佐は言う。

 市販の多機能携帯端末と言えばiPodだけではないが、兵士の間で一番人気が高い。新兵のほとんどは使ったことがあり、自分で持っている者も多いので、訓練もはるかにやりやすい。

 言語ソフトに自分で用語を追加し、地図に注釈を加え、写真に文章や音声をリンクさせることもできる(「この男を見たことがあるか?」)。動画の撮影や保存、再生も簡単だ。地元で尊敬される指導者が、反乱軍の一掃に協力しようと語り掛けるビデオメッセージを住民に見せたら、どれだけインパクトがあるだろうか。

 対ゲリラ活動では情報の共有がとりわけ重要になる。国防総省は兵士が戦場で情報を収集し、すぐデータベースに追加できる技術開発に資金を提供している。

 ニュー・ウェーブ・システムズ社の最新アプリケーションは、iPhoneで道路標識を撮影すると、ほかの兵士がアップロードしたデータベースから関連情報を瞬時に受け取れる。米海兵隊は、拘束した容疑者の写真と報告書をiPodから生体認証のデータベースにアップロードするアプリケーションの開発を援助している。

ロボットの遠隔操作も

 アップルの携帯端末は驚くほど用途が広い。開発業者と国防総省は、iPodに無人偵察機の航空写真を表示し、地球の裏側の諜報員と電話会議ができる軍事用アプリケーションを開発している。

 イラクやアフガニスタンに駐留する狙撃兵は、ナイツ・アーマメント社がiPhoneとiPodタッチ用に開発した弾道計算アプリケーション「ブレットフライト」を使っている。iPodをリモコン代わりに不発弾処理ロボットを操作するアプリケーションの開発も進んでいる。

 イラクとアフガニスタンに駐留する兵士が使っているのが「Vコミュニケーター」。アラビア語とクルド語、それにアフガニスタンの2つの言語の翻訳を、音声と画面で表示する。言葉に伴うしぐさやボディーランゲージのアニメ、衣類や武器などの絵も表示できる。

 軍の物資調達部門は軍事用iPodの開発と配備を「かなり強力に進めている」と、iPodの軍事用アプリケーションを開発しているVコム3D社の運用管理者アーニー・ブライトは言う。

 iPodは音楽の聴き方を変えた。次は戦争のやり方も変えようとしている。

[2009年5月20日号掲載]

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

米政権、航空便の混乱悪化を警告 政府閉鎖長期化で

ワールド

トランプ氏、サンフランシスコへの州兵派遣計画を中止

ワールド

トランプ氏、習主席と30日に韓国で会談=ホワイトハ

ワールド

ガザ地表の不発弾除去、20─30年かかる見通し=援
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 2
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシアに続くのは意外な「あの国」!?
  • 3
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺している動物は?
  • 4
    「ママ、ママ...」泣き叫ぶ子供たち、ウクライナの幼…
  • 5
    ハーバードで白熱する楽天の社内公用語英語化をめぐ…
  • 6
    国立大卒業生の外資への就職、その背景にある日本の…
  • 7
    汚物をまき散らすトランプに『トップガン』のミュー…
  • 8
    「石炭の時代は終わった」南アジア4カ国で進む、知ら…
  • 9
    【ムカつく、落ち込む】感情に振り回されず、気楽に…
  • 10
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 5
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 6
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 7
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 8
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 9
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 10
    「ママ、ママ...」泣き叫ぶ子供たち、ウクライナの幼…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中