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対テロ戦争

米軍撤収は勝利ではなく破産の証し

経費削減のために駐留米軍を撤収させよ。「借金ゆえの孤立主義」が米政界を席巻しているが

2011年8月4日(木)14時42分
ニーアル・ファーガソン(本誌コラムニスト、ハーバード大学教授)

戦争は無駄遣い? 外国での戦争より教育や雇用など国内問題への関心が高まっている Jose Luis Magaua-Reuters

 激しい党派対立に明け暮れているアメリカ政界で、奇跡的に1つのコンセンサスが形成されている。それは「駐留米軍を撤収させるべきだ」という主張だ。

 バラク・オバマ米大統領は最近、アフガニスタン駐留米軍の撤収計画を発表した。今年中に1万人、来年夏までに2万3000人が帰国。09年12月にオバマが増派を命じた兵力がすべて撤収することになる。

 これは勝利の証しではない。破産の証しだ。「財政面からみて、アメリカはイラクとアフガニスタンに金を使い過ぎている」と、ある政府高官はニューヨーク・タイムズ紙に語った。

 以前は民主党の一部の勢力や共和党が撤収に反対した。だがオバマの撤収計画発表の数日前に行われた共和党大統領候補の討論会では、全員がオバマ以上にハト派的な発言を競い合った。

 先陣を切ったのは、現時点で支持率トップのミット・ロムニー前マサチューセッツ州知事だ。「米軍の撤収をできるだけ急ぐべきだ」と言うロムニーはその上で、アフガニスタンの治安改善は同国の軍隊に任せるべきだと主張した。

 ロン・ポール下院議員も負けていない。「私なら米軍を早急に撤収させる。イラクからも撤収させる。リビアへの介入も誤りだ。イエメンとパキスタンでの空からの攻撃も中止だ」

 草の根保守派連合「ティーパーティー」期待の星であるミシェル・バックマン下院議員もリビアへの関与を中止すべきだと主張する。「アメリカが攻撃されたわけでも、脅威があるわけでもない。重要な国益もない」。ニュート・ギングリッチ元下院議長も待ちかねたように口を挟む。「米軍を安全に早急に撤収させる計画の策定を軍上層部に要請しなければならない」

 ティム・ポーレンティー前ミネソタ州知事とリック・サントラム前上院議員は、そもそもアフガニスタンへの派兵の理由は国際テロ組織アルカイダによる9.11テロだったということを再認識すべきだと語った。だが2人とも「莫大な金を節約できるから」軍を撤収させるべきだという多くの候補者の意見に反対はしなかった。

米軍撤収の潜在的コスト

 ようこそ、借金ゆえの孤立主義の世界へ! 今や、財政の帳尻合わせのためには戦略など二の次、という見方が声高に叫ばれるようになった。

 ジェームズ・ベーカー元国務長官が指摘したように、財政赤字の利払いは10年もしないうちに国防支出を上回るかもしれない。米議会予算局によると、戦闘即応態勢にある兵力を15年までに4万5000人に減らすことで節約できる金額は、4000億ドル以上になるという。

 アメリカが財政を健全化させる必要があるのは確かだ。だが国防費削減を検討する際には、駐留米軍撤収に伴う潜在的なコストも考慮するべきだ。過激なイスラム主義が世界全体で衰退しているという話は聞かない。

 いずれにせよ、イラクとアフガニスタンへの派兵は財政問題の主な原因ではない。昨年の国防予算はGDPの4.7%だが、高齢者と低所得者向け医療保険と社会保障の経費の合計は10.3%を占める。

 民主党も共和党も、2つの厳しい現実を再認識すべきだ。財政を破綻させたのは国防支出ではない。ベビーブーム世代の引退に伴う社会保障費の急増だ。一方、アメリカを取り巻く外の世界は、まったく安全になっていない。いい例がイエメンだ。

「借金ゆえの孤立主義」は有権者受けするかもしれない。だが真のリーダーなら、それは財政健全化のための最善の道ではないと説くはずだ。

[2011年7月 6日号掲載]

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