最新記事

米政治

嘘と煽動のペイリン劇場

大衆を見下しながら利用する危険人物の中央政界入りは願い下げたい

2010年2月18日(木)16時04分
クリストファー・ヒッチェンズ

 アーネスト・グリューニングをご存じだろうか。第一次大戦の従軍経験を持つ著名なジャーナリストで、1939年に当時のフランクリン・ルーズベルト大統領からアラスカ準州の知事に指名された人物だ。

 グリューニングは知事を14年間務めた後、アラスカが正式な州に昇格する前年の58年に連邦上院議員へ転身。10年間にわたって議会で活躍した。その間、ベトナム戦争に道を開いたトンキン湾決議に反対票を投じたこと、緊急通報用の電話番号「911」を制定する決議案を提出したことで知られている。

 こんな昔話を持ち出したのは、保守系の論壇誌ウイークリー・スタンダードのマシュー・コンチネッティが発表した新著『サラ・ペイリンへの迫害』に反論するためだ。コンチネッティは同書で、サラ・ペイリン前アラスカ州知事に対するリベラル派の反発は「沿岸部の大都市出身者以外に対する嫌悪、東部の文化的エリートの基準、価値、政策、姿勢を受け入れようとしない人々への反感」にほかならないと非難した。

 だが、グリューニングの見事な経歴を見てほしい。ペイリンの政治的キャリアがいかに貧弱なものかがよく分かるはずだ。

 ペイリン自身は相変わらず素朴な田舎っぽさを売り込むのに熱心で、自分をインテリぶった知識人やワシントン政界の住人と盛んに対比させている。もっとも支持者たちは、本人が軽蔑しているはずのワシントンに彼女を送り込みたがっているようだ。

 ペイリンの話を聞いていると、大衆の素朴な常識をそのまま政治に持ち込もうとするポピュリズム(大衆迎合主義)の手法は、過去に1度も使われていない万能薬であるかのような錯覚に陥る(コンチネッティらは、ペイリンを100年ほど前のポピュリズムを代表する大衆扇動型政治家で、銀本位制と大資本への規制を主張したウィリアム・ジェニングス・ブライアンになぞらえているが......)。

悪魔払い信じるのは勝手だが

 しかし、ポピュリズムにはさまざまな欠点がある。問題はアメリカ人の半数以上が暮らす大都市や、自分の子供を入学させたいと願う名門校への偏見をかき立てることだけではない。それ以上に問題なのは、大衆の不満の受け皿を自称するポピュリズムが、その大衆を政治的に利用していることだ。

 昨年の大統領選中、ペイリンは数々の「告発」を受けた。いわく、彼女はアラスカ独立党(AIP)の党員か支持者だった。2000年の大統領選に共和党ではなく、第3党の改革党から出馬した孤立主義的保守派の論客パット・ブキャナンを支持した。地球温暖化は人間のせいだという説に疑問を抱き、神はイラクでアメリカに味方していると考えている。生命は神の創造物であるとする創造論を学校で教えることを支持し、悪魔払いを熱狂的に称賛する教会に属している──。

 後の確認作業によって、告発の一部は事実ではないことが判明した。ペイリンの夫はAIPの党員だが、本人は集会に数回出席し、州知事時代に友好的なビデオメッセージを1度送っただけだった。ブキャナンの集会に応援バッジを着けて参加したのは事実だが、本人は「お付き合い」のつもりだった。イラクに関しては、神がアメリカに味方すること、あるいはアメリカが神の側にいることを望むと言っただけだった。

 温暖化の原因は自然的要因と人為的な影響のどちらもあり得るという中間的立場を取っている。創造論については、進化論と一緒に教えてはどうかと考えている(ただし、悪魔払いの件は弁解のしようがない。動画投稿サイトYouTubeの映像が動かぬ証拠だ)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イラン、米CIAに停戦に向けた対話の用意示唆=報道

ビジネス

ミランFRB理事、年内利下げ継続を主張 「イラン攻

ビジネス

金利据え置きを支持、インフレ見通しはなお強め=米ク

ワールド

イラン作戦必要な限り継続、トランプ氏暗殺計画首謀者
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプのイラン攻撃
特集:トランプのイラン攻撃
2026年3月10日号(3/ 3発売)

核開発の断念を迫るトランプ政権が攻撃を開始。イランとアメリカの本格戦争は始まるのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで続くのか
  • 2
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られる」衝撃映像にネット騒然
  • 3
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 4
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
  • 5
    「外国人が増え、犯罪は減った」という現実もあるの…
  • 6
    少子化に悩む韓国で出生率回復...昨年過去最大の伸び…
  • 7
    戦術は進化しても戦局が動かない地獄──ロシア・ウク…
  • 8
    核合意寸前、米国がイラン攻撃に踏み切った理由
  • 9
    「死体を運んでる...」Google Earthで表示される「不…
  • 10
    イランへの直接攻撃は世界を変えた...秩序が崩壊する…
  • 1
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからくりとリスク
  • 2
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 3
    BTS復活...でも、韓国エンタメが「苦境」に陥っている
  • 4
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
  • 5
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 6
    村瀬心椛は「トップでなければおかしい」...スノボの…
  • 7
    「毎日が人生最後の日」だと思って酒を飲む...84歳医…
  • 8
    少女買春に加え、国家機密の横流しまで...アンドルー…
  • 9
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで…
  • 10
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 4
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 5
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 6
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 7
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 8
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中