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米政治

嘘と煽動のペイリン劇場

2010年2月18日(木)16時04分
クリストファー・ヒッチェンズ

右派の期待は愚かで無責任

 つまり、ペイリンの問題はこういうことだ。反ワシントンを口にしながら、ワシントン入りを切望している。バラク・オバマ大統領は「ケニア人の共産主義者」ではないかと疑う極端な不満分子に近い立場を取りながら、同時にそれを否定できるように距離を置いている(アメリカの内政に干渉する「ケニア人」が悪いのなら、ケニアの教区にいた魔女を悪魔払いで追い出し、犯罪や飲酒、交通違反を減少させたと主張する怪しげなトーマス・ムテ「司教」の祝福を受けたペイリンはどうなのか?)。

 ペイリンは本気で大衆の期待に応える気もないくせに、大衆を冷笑的に扇動しているように見える。もし彼女がワシントンの中央政界入りを果たしたとしても、オバマを毛嫌いする右派の大衆は現在と同じように疎外されたままだろう。彼らはペイリンが選挙で勝つための道具に使われるだけだ。

 あえて不遜な言い方をすれば、純朴な田舎の大衆をだますのは彼らを見下すことよりもっとたちが悪い。極めて危険な行為でもある。1908年の大統領選に出馬したブライアンの敗北で否定されたはずのポピュリズムに、ある種の正統性を与えることになるからだ。

 ウイークリー・スタンダード誌は、銀本位制の採用や学校での進化論教育の禁止並みに実現が困難な大衆の妄想や不満をもてあそぶ前に、よく考えたほうがいい。大衆の感情に一旦火が付いたら、沈静化させるのは容易ではない。ペイリン・ファンの多くは、彼女が次の大統領選で共和党の候補指名を受けた直後から金融業界に対する「聖戦」に乗り出すことを期待しているようだが、そんな考えは愚かであると同時に無責任だ。

 ペイリンには性格や個性の問題もある。政治学者のウォルター・ディーン・バーナムは数十年前、右派のポピュリストは大衆の怒りを体現する存在であるからこそ、自身も怒りの集中砲火を浴びて挫折する傾向があると指摘した(ちなみにバーナムは、同じ保守派でも明るい性格だったロナルド・レーガンの大統領当選を予想した数少ない左派の論客の1人だ)。

政治的信念が見えない

 ペイリン自身が彼女の怒れる支持者よりも魅力的なことは認める。だが、ここで論じているのはマーケティングの手法──教育と政治経験の不足を個人の魅力で補おうとする売り込み方だ。

 では、この「新保守主義のジャンヌ・ダルク」は、具体的にどこがどのように魅力的なのか。

 大統領選の期間中に噴出したペイリンの家庭生活をめぐるスキャンダラスな憶測はひどいものだった。面白がって聞いていたときでも、個人的には残酷で悪趣味な噂話だと思っていた。

 ペイリンは現在、娘の元婚約者リーバイ・ジョンストンの家族に関する暴露話はでっち上げだと主張している。だが、その言い分が正しいとしても、このろくでなしにスポットライトを当てたのはエリート主義のリベラル系メディアではない。ジョンストンをカメラの前に引っ張り出し、最愛の娘にぴったりの夫、「迷える若者」の典型として紹介したのは──ほかならぬペイリン自身だった。

 ここでもう1度、問い掛けずにはいられない。口先だけに聞こえる発言を実は本気で言っているぺイリンと、安っぽい拍手をもらうためなら何でも言うペイリン。どちらが「より悪い」のか。

 共和党にとって、この点は些細な問題ではない(大統領選の期間中、共和党がペイリンを副大統領候補として半ば強引に売り出そうとした際の熱狂的な興奮と暴走気味のムードについて、バニティ・フェア誌の私の同僚に語ったのはリベラル派の皮肉屋ではなく、共和党の幹部自身だった)。

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