最新記事

新型インフルエンザ

ワクチン不足で問われる倫理観

誰がワクチンを手にするか、論争は奪い合いの様相を呈し始めた

2009年11月12日(木)15時03分
クロディア・カルブ

 アメリカでは新型インフルエンザ(H1N1型)ウイルスのワクチン不足のせいで、ワクチン接種の優先順位をめぐる倫理的・感情的な議論が巻き起こっている。

 米疾病対策センター(CDC)は7月、妊娠中の女性や医療関係者、25歳未満の若者、ぜんそくや糖尿病など基礎疾患のある人を優先するよう勧告した。

 しかし現場で混乱が起きているのは明らかだ。病院には長蛇の列ができ、ワクチンは在庫切れ。一方で優先リストに入っていないのに接種を受けている人もいる。

 首都ワシントン在住の母親たちが利用するオンライン掲示板では、「優先接種対象者ではないがバージニア州の病院でワクチン接種を受けた」という、ある母親の書き込みをきっかけに大論争が展開された。

 掲示板には、この母親を「利己主義者」「最低だ」「汚い」と非難する書き込みや、そのような身勝手なことをする人には「いずれ報いが訪れる」とする警告文が投稿された。

 一方で問題の母親に過失はないと擁護する投稿も。可能なら優先順位にかかわらずワクチンを接種しなさいとする医療関係者の書き込みもいくつかあった。

 だが少なくともワクチンの在庫がもっと増えるまでは優先順位を守るべきだ。

「ウォール街に配布」で憤慨

 争いを繰り広げているのは、母親たちだけではない。ゴールドマン・サックスなどニューヨークの大手金融機関にワクチンが供給されたというニュースに人々は憤慨している。

 先日には、国防総省の報道官がキューバのグアンタナモ収容所のテロ容疑者にワクチンを提供すると発言し、激しく批判された(米政府は後日、テロ容疑者へのワクチン提供は行わないと表明)。

 CDCのトーマス・フリーデン所長は、事態を何とか収拾しようと必死だ。州および地方の医療当局に送った書簡の中で「優先対象者のワクチンへの公平なアクセスを確保することがこれまで以上に重要」だとし、「感染リスクの高い人々にできるだけ迅速に」ワクチンを供給するよう求めた。

 フリーデンは、難しい綱渡りをうまくこなしている。現場でワクチン不足のいら立ちをぶつけられる公衆衛生当局の労をねぎらいつつ、CDCの提言に従うようクギを刺すのも忘れない。後は医療従事者がそれに耳を傾けるだけだ。

[2009年11月18日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ユーロ圏の成長・インフレリスク、依然大きいが均衡=

ビジネス

アングル:日銀、追加利上げへ慎重に時機探る 為替次

ワールド

トランプ大統領、ベネズエラとの戦争否定せず NBC

ワールド

プーチン氏、凍結資産巡りEU批判 「主要産油国の外
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 2
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末路が発覚...プーチンは保護したのにこの仕打ち
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    ゆっくりと傾いて、崩壊は一瞬...高さ35mの「自由の…
  • 6
    おこめ券、なぜここまで評判悪い? 「利益誘導」「ム…
  • 7
    中国の次世代ステルス無人機「CH-7」が初飛行。偵察…
  • 8
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 9
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 10
    9歳の娘が「一晩で別人に」...母娘が送った「地獄の…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 8
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 9
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 10
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中