最新記事

アメリカ社会

量産されるデザイナードッグの悲劇

オバマ大統領一家の愛犬も決まり、犬に「完璧」を求める消費者のニーズは高まる一方。それと比例して、劣悪な環境のパピーミル(子犬製造工場)も増えている。

2009年5月21日(木)19時54分
スザンヌ・スモーリー(ワシントン支局)

大量生産 多くの犬が、不衛生な檻に詰め込まれている(09年2月、テネシー州の飼育場で)Courtesy Anita K. Edson-ASPCA

 現場まで1キロほどに近づいた辺りで、もう異臭が鼻を突いた。保安官事務所の調査員のなかには、防臭マスクを着ける人もいた。

 ずらりと並ぶ小屋の中には、犬の詰め込まれた檻がいくつもあった。排泄物の臭いがすさまじい。真冬だというのに暖房設備もなく、室内は冷え切っている。

 米テネシー州スパータの犬飼育場を保安官事務所が捜査したのは2月のこと。病気の子犬を買わされたという苦情が数多く寄せられたためだ。

 飼育場の1ヘクタールほどの敷地内に、約300匹の犬が見つかった。多くの犬が栄養不良で、寄生虫に感染していた。

 犬の多くは「デザイナードッグ」だった。パグとビーグルを掛け合わせたパグル、チワワとピンシャーの混血チピン──。純血種を交配して人工的につくった犬が、いま人気を集めている。

「市場の盛り上がりは大変なもの」と、スパータの飼育場の調査にも協力した法獣医学者のメリンダ・マークは言う。「みんなデザイナードッグを見て、『聞いたことがない種類だけど、かわいらしい名前ね』と言って買っていく」

 デザイナードッグはカネになる。1000ドル以上の値段が付くことも珍しくなく、押しも押されもせぬビッグビジネスになった。

 犬の劣悪な飼育場と大統領一家は、普通だったら何の関係もないだろう。しかしホワイトハウスに「ファーストドッグ」がやって来たとなれば、話は別だ。

 バラク・オバマ大統領は当選を決めた後のスピーチで、ホワイトハウスで犬を飼おうと2人の娘に約束していた。1月にはテレビのインタビューで、ラブラドゥードルが有力候補だと語った。ラブラドルレトリバーとプードルを交配させたこの犬は、オバマ家の長女マリアのように動物アレルギーのある人に向いているという。

 しかしミシェル夫人のお気に入りは、純血種のポルトガルウオータードッグだった。彼女の意見が通ったのか、「ファーストドッグ」はこの犬種に決まった。

 これによって「101匹わんちゃん現象」が起こると、動物愛護団体は予測している。映画に登場したり、セレブのペットになった犬種は、たちまち爆発的なブームになる。ブリーダー(繁殖業者)にとっては、同種の犬を「大量生産」して儲けるチャンスだ。オバマ家にしてみれば考え抜いた末の決断だったはずだが、これで得をするのはポルトガルウオータードッグを扱う繁殖業者だろう。

 大統領一家の犬選びは、いいタイミングだったともいえる。アメリカでは悪質なブリーダーを規制する動きが強まっている。飼育環境の改善を迫るため法整備を進める州は20を超えている。

 動物愛護団体が特に問題視しているのは、ペンシルベニア州やオハイオ州に住むキリスト教アーミッシュ派やメノー派の繁殖業者だ。現地取材で目にした実態は確かにひどいものだった。

農村では犬も家畜と変わらない

 ペンシルベニア州ランカスター郡の農村地帯を車で走ると、納屋の横にウサギ小屋が並んでいるのが目立つ。だが、中にいるのはウサギではない。子犬だ。

 子犬たちは冬でも戸外に放置されていることが多い。檻の床には金網が張られ、子犬の足が網目にはまり込む。スペースを節約するために檻を積み重ねれば、下にいる子犬は網目からこぼれ落ちる糞尿を浴びる。

 動物愛護団体はこうした飼育場を「パピーミル(子犬製造工場)」と呼んで批判する。卸売りやインターネット販売を目的に、劣悪な環境で子犬を繁殖させる施設のことだ。

 米動物虐待防止協会のボブ・ベーカーによれば、こうした施設の犬は獣医の検診をほとんど受けていない。檻に1日中閉じ込められ、人間と接することもめったにない。「犬を愛すべきペットとして育てるのか、商品として扱うのか。その点が問われている」と、ベーカーは言う。

 ベーカーの推定によれば、パピーミルは全米に5000〜1万カ所ある。そのうち約2000カ所は、アーミッシュ派やメノー派が暮らす農村地帯に点在している。

 農村の文化では、ペットといえども、いずれ殺される家畜とそれほど変わらない存在だ。繁殖を手掛ける農家にも、そんな意識が染み付いているらしい。

 ペンシルベニア州クッツタウンの酪農家エルマー・ジマーマンは08年夏、病気になった犬70匹を射殺した。膨大な治療費を払いたくないからだった。

 多くの州には、こうした行為を取り締まる法律がない。卸売り専門の繁殖業者を対象とする最低限の基準は農務省が定めているものの、インターネットで顧客と直接取引する業者が増えた今は骨抜きになっている。「抜け穴が大き過ぎる」と、農務省のジェシカ・ミルティア広報官は言う。

 射殺のニュースが広がると、ジマーマンの農場の周辺では抗議活動が相次いだ。動物好きで知られるエド・レンデル州知事が旗振り役となり、飼育場の環境改善を義務付ける法律も制定された。

 ペンシルベニア州では今年10月から、檻の床を金網にしたり檻を積み重ねたりすることが違法になる。飼い主には年2回、獣医に犬を診てもらうことが義務付けられる(もちろん犬を射殺することも違法になる)。

 他の州も後に続いている。ペンシルベニアと同様の法律を定めたり、制定を予定している州は、ノースカロライナやオクラホマなど20以上に及ぶ。

 アーミッシュ派の繁殖業者は、こうした動きを歓迎していない。自分たちのやり方に問題があるとも思っていない。

 本誌記者は3月、ジマーマンの農場を訪れた。本人は顔を出そうとしなかったが、父親は匿名を条件に取材に応じ、息子の行動を擁護した。「射殺なら一瞬で終わる。獣医のところで(処置をして)15分も苦しい思いをさせるよりはましだろう?」

人気の交配種「コッカプー」とは

 騒動のせいで、一家は繁殖業を廃業したという。「儲かってたんだがね」と、父親は残念そうに話す。彼に言わせれば、新しい規制はコストを異常に高めるだけだ。「また仕事を取り上げられた。日本とかメキシコとかが、いつも私らの仕事を奪っていくんだ」

 アーミッシュ派やメノー派の繁殖業者がすべて犬を虐待しているわけではない。これらの宗派以外の業者なら大丈夫というわけでもない。いい例が2月に強制捜査を受けたテネシー州の飼育場だ。経営者らはまだ起訴されていないが、懲役刑になる可能性もある。

 ジマーマン家の売れ筋はデザイナードッグだった。特に力を入れていたのが、コッカースパニエルとトイプードルを掛け合わせたコッカプーだ。「毛が抜けないから家が汚れない」と、父親は言う。

 ブリーダーが交配種を好む理由はほかにもある。「交配種は登録しなくていいから、事務仕事の手間が省ける」と、ペンシルベニア州で取材したある業者は言う。

 交配種のブリーダーには、ぼろ儲けしているという批判も付きまとう。「檻を買ったら、後は人件費とワクチン代だけで済む」と、アメリカ動物愛護協会のキャスリーン・サマーズは言う。年に数十万ドルを稼ぐアーミッシュ派の業者がいるともいわれている。

 犬の繁殖業にはほかにも問題がある。ペンシルベニア州の動物愛護団体メインライン・アニマル・レスキューのビル・スミスによれば、犬を虐待している疑いのある飼育場の一部は有機乳製品も生産している。高いカネを出して買った牛乳やヨーグルトが、犬の詰め込まれた不潔な檻の横で作られていると分かったら、消費者は身震いするだろう。

 本誌記者は、乳製品を生産しているペンシルベニア州の犬飼育場B&Rパピーズを取材した。看板には有機乳製品大手のホライゾン・オーガニックに製品を納入しているとあり、ウォルマートをはじめとする大手小売店で売られているという。

 B&Rパピーズは過去2年間、当局から注意勧告を受けている。檻が不潔で、病気や寄生虫を持つ犬もいて、狂犬病の予防接種も怠っていたという。

 B&Rが犬の繁殖業を営んでいることをホライゾン・オーガニックに知らせると、同社は現地に職員を派遣して事実を確認し、B&Rとの取引を停止した。だが同社によればB&Rはその後、「犬の繁殖業から手を引き、すべての犬に適切な受け入れ先を見つける」と約束した。B&Rを経営するジョン・ストルズファスは本誌の取材に対し、既に受け入れ先は見つかったので、「ホライゾン社に牛乳を納入することに問題はない」と語っている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

マイクロソフト、イスラエルとの関係巡る抗議活動で社

ワールド

ドイツ銀行、香港で300万ドル罰金 手数料過徴収や

ワールド

ブラジル、来年8月にメキシコと補完的貿易協定調印へ

ワールド

ウィッカー米上院議員が訪台、「偉大なパートナーシッ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:健康長寿の筋トレ入門
特集:健康長寿の筋トレ入門
2025年9月 2日号(8/26発売)

「何歳から始めても遅すぎることはない」――長寿時代の今こそ筋力の大切さを見直す時

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ」とは何か? 対策のカギは「航空機のトイレ」に
  • 3
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 6
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 7
    「ガソリンスタンドに行列」...ウクライナの反撃が「…
  • 8
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 9
    米ロ首脳会談の後、プーチンが「尻尾を振る相手」...…
  • 10
    自らの力で「筋肉の扉」を開くために――「なかやまき…
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 3
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット民が「塩素かぶれ」じゃないと見抜いたワケ
  • 4
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」…
  • 5
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 6
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 7
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が…
  • 8
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 9
    脳をハイジャックする「10の超加工食品」とは?...罪…
  • 10
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 10
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中