最新記事

量子コンピューター

ハッキング不可能な量子インターネットのつくり方

CREATING THE QUANTUM INTERNET

2021年2月11日(木)12時45分
シッダース・コドゥル・ジョシ(英ブリストル大学フェロー)

量子インターネットハブを調整する筆者 Soeren Wengerowsky

<量子通信の概念は既に実現されているが、いわばトランシーバーのようなもので、一般向けには実用化されていない。筆者は既存の電気通信インフラを使って、量子インターネットの概念を実用レベルに引き上げる方法を発表した>

(本誌「いま知っておきたい 量子コンピューター」特集より)

在宅勤務が増えたことから、インターネットで情報をやりとりするリスクが以前より認識されるようになってきた。だが、メッセージの傍受やハッキングを完全に遮断するのは難しい。

必要なのは新しいタイプのインターネット──そこで期待されているのが、量子インターネットだ。データの機密性を守るプライベート接続のこのネットワークなら、情報を傍受される心配はない。

筆者は先頃、同僚たちと共に行った研究を科学専門誌サイエンス・アドバンシズに発表した。既存の電気通信インフラを使って、量子インターネットの概念を実用レベルに引き上げる方法を記した。

現在、オンラインデータの暗号はデジタルの「鍵」がないと解けない。しかし十分な時間と性能の高いコンピューターがあれば、暗号は破ることができる。

magSR20210211creatingthequantuminternet-3.jpg

量子通信を可能にする光子を送信するデバイス ©ÖAW/Klaus Pichler

量子通信の場合には、光の粒子(光子)を使って鍵がつくられる。量子物理学の原理によれば、この鍵と全く同じコピーをつくることはできず、暗号化されたメッセージは読めない。

この量子通信の概念は既に実現されており、国家間での機密情報のやりとりなどに使われている。しかし費用がかさむ上に専門的な技術が必要なため、一般向けには実用化されていない。

過去の量子通信技術は、いわばトランシーバーのようなものだ。安全なやりとりをするには、1人の相手について1つのデバイスを持つ必要があった。3人の間で交信する場合には、3組=6個のデバイスが必要だった。

この段階では、個々のデバイスが鍵を共有する必要があるため、送信機と受信機の両方の役割を果たしている。だが私たちのモデルでは、中央の送信機からデバイスに光子を送って鍵をつくる。だから、ユーザーの手元にはデバイスが1つあれば済むことになる。

これを可能にするのが、量子物理学の重要な原理である「もつれ」だ。光子をもう1つの光子と絡ませ、離れた場所にあっても測定上は同一の動きをさせる仕組みのことをいう。

2人のユーザー間で通信する場合、送信機から2人に「もつれ」状態にある1対の光子が送信される。ユーザーの端末はこれらの光子から、それぞれ1つの鍵を作成する。2人はそれを使ってメッセージを暗号化し、安全にやりとりができる。

magSR20210211creatingthequantuminternet-2.jpg

データの機密性を守る量子インターネットの概念図 Holly Caskie

さらに私たちの新しいモデルでは、信号の結合や分離を行う一般的な通信技術の「多重化」を活用することで、もつれ状態にある光子のペアを一度に複数の組み合わせの人に送信できる。各ユーザーに多くの信号を同時解読できる方法で送信することもできる。

こうしてトランシーバーを、複数が参加するビデオ通話に近いシステムに置き換えられる。

この概念については、サンプルは少ないながらもテストを進めている。通信速度の改善や、複数のネットワークの相互接続を実現するための取り組みを行っているところだ。

今後数年で経済界のパートナーと共に、さらに優れた量子ネットワークの開発を目指したい。

(筆者の研究は、英国家量子技術プログラムおよびEPSRC量子通信ハブの支援を受けている)

The Conversation

Siddarth Koduru Joshi, Research Fellow in Quantum Communication, University of Bristol

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

<2021年2月16日号「いま知っておきたい 量子コンピューター」特集より>

2023032128issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2023年3月21日/28日号(3月14日発売)は「グローバル企業に学ぶSDGs」特集。ダイキン、P&G、ドコノミー、AKQA……「持続可能な開発目標」の達成が今やビジネス成功の必要条件に

今、あなたにオススメ

ニュース速報

ビジネス

米住宅ローン金利、昨年11月半ば以来の大幅低下

ワールド

北朝鮮核実験、差し迫っている様子なし 引き続き警戒

ワールド

今年の世界石油需要増、中国が40%寄与へ=ウッドマ

ワールド

需要は減速、インフレ期待低下しなければ一段の措置必

今、あなたにオススメ

MAGAZINE

特集:グローバル企業に学ぶSDGs

2023年3月21日/2023年3月28日号(3/14発売)

ダイキン、P&G、AKQA、ドコノミー......。「持続可能な開発目標」の達成を経営に生かす

メールマガジンのご登録はこちらから。

人気ランキング

  • 1

    女性支援団体Colaboの会計に不正はなし

  • 2

    大事な部分を「羽根」で隠しただけ...米若手女優、ほぼ丸見えドレスに「悪趣味」の声

  • 3

    老人自ら死を選択する映画『PLAN 75』で考えたこと

  • 4

    ニシキヘビ、子ポッサムの前で母を絞め殺し捕食 豪

  • 5

    プーチンの居場所は、愛人と暮らす森の中の「金ピカ…

  • 6

    「そんなに透けてていいの?」「裸同然?」、シース…

  • 7

    プーチン「専用列車」の写真を撮影・投稿してしまっ…

  • 8

    「この世のものとは...」 シースルードレスだらけの…

  • 9

    幻の音源も収録された、大滝詠一の新作ノベルティ作…

  • 10

    中国が示すウクライナ停戦案に隠された「罠」と、習…

  • 1

    大事な部分を「羽根」で隠しただけ...米若手女優、ほぼ丸見えドレスに「悪趣味」の声

  • 2

    【悲惨動画3選】素人ロシア兵の死にざま──とうとう長い棒1本で前線へ<他>

  • 3

    「この世のものとは...」 シースルードレスだらけの会場で、ひときわ輝いた米歌手シアラ

  • 4

    女性支援団体Colaboの会計に不正はなし

  • 5

    プーチンの居場所は、愛人と暮らす森の中の「金ピカ…

  • 6

    事故多発地帯に幽霊? ドラレコがとらえた白い影...…

  • 7

    復帰した「世界一のモデル」 ノーブラ、Tバック、シ…

  • 8

    「ベッドでやれ!」 賑わうビーチで我慢できなくなっ…

  • 9

    「セクシー過ぎる?」お騒がせ女優エミリー・ラタコ…

  • 10

    少女は熊に9年間拉致され、人間性を失った...... 「人…

  • 1

    大事な部分を「羽根」で隠しただけ...米若手女優、ほぼ丸見えドレスに「悪趣味」の声

  • 2

    推定「Zカップ」の人工乳房を着けて授業をした高校教師、大揉めの末に休職

  • 3

    バフムト前線の兵士の寿命はたった「4時間」──アメリカ人義勇兵が証言

  • 4

    訪日韓国人急増、「いくら安くても日本に行かない」…

  • 5

    「ベッドでやれ!」 賑わうビーチで我慢できなくなっ…

  • 6

    【写真6枚】屋根裏に「謎の住居」を発見...その中に…

  • 7

    これだけは絶対にやってはいけない 稲盛和夫が断言…

  • 8

    1247万回再生でも利益はたった328円 YouTuberが稼げ…

  • 9

    ざわつくスタバの駐車場、車の周りに人だかり 出て…

  • 10

    年金は何歳から受給するのが正解? 早死にしたら損だ…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story