最新記事
BOOKS

慶應こそが「東大制覇」の目撃者であり、被害者だった...「私立蔑視」と「国立崇拝」の歴史と背景

2025年1月11日(土)08時45分
尾原宏之(甲南大学法学部教授)
旧1万円札 福澤諭吉

photoB-photoAC

<明治維新以前から、私学・私塾の伝統がもともとあった>

国家のエリート養成機関として設立された最高学府「東大」の一極集中に対し、反旗を翻した教育者・思想家がいた...。

彼らが掲げた「反・東大」の論理とは何か? 話題書『「反・東大」の思想史』(新潮選書)の第1章「「官尊民卑」の打破――慶應義塾・福澤諭吉の戦い」より一部抜粋。


 
◇ ◇ ◇

「私学の国」の夢

私立蔑視と官立(国立)崇拝は、明治から現在に続く根強さを持っている。しかし、教育学者の天野郁夫が「もともとわが国は、明治維新の以前から私学の国であった」というように、近代以前に私塾すなわち私立学校の果たした役割は大きかった。

中江藤樹の藤樹書院、伊藤仁斎の古義堂(堀川塾)、広瀬淡窓の咸宜園など、師弟関係を原点とする私塾は、徳川政権の昌平坂学問所や各藩の藩校と並立して学問と教育を担っていたのである(『大学の誕生』)。

歴史家の大久保利謙も、「近世の学問発達史を見ても、真に貢献のあつたのは官立学校でなく、寧(むし)ろ之等の私塾であつた」と指摘した(『日本の大学』)。

明治になってからも、ある時期までは私塾から発展した私立学校は光を放っていた。1858(安政5)年に福澤諭吉が創設した蘭学塾を起源とする慶應義塾は、明治初頭に入門者が増加し、塾舎の増築や出張所・分塾の開設、移転を繰り返して発展した(『慶應義塾百年史』)。

大ベストセラー『西洋事情』を書いた代表的洋学者の私塾は、志ある全国の若者を惹きつけた。ちょうど維新の混乱期で、明治新政府は学校どころではない。「日本国中苟(いやしく)も書を読んで居る処は唯慶應義塾ばかりという有様」で、洋学といえば慶應義塾という状態が5、6年は続いたという(『福翁自伝』)。

開塾5年の1863(文久3)年から1871(明治4)年までの入門者数は1329人を数える(「慶應義塾紀事」)。

西国立志編』で知られる中村敬宇(正直)、自由民権運動を代表する思想家である中江兆民も、それぞれ同人社、仏学塾という私塾を持っていた。1873年創設の敬宇の同人社は、福澤の慶應義塾、近藤真琴の攻玉塾(攻玉社)とともに明治の「三大義塾」と呼ばれたという。

1874年に開かれた中江兆民の仏学塾(はじめ仏蘭西学舎)は、名前が示すようにフランス語教育とフランス学が中心であり、モンテスキュー、ルソー、ヴォルテールなどのテクストを用いた。

投資
「FXで長期投資」という投資の新たな選択肢 トライオートFX「世界通貨セレクト」とは?
あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

再送トランプ氏支持率40%、任期中最低 生活費対策

ワールド

イスラエル軍、ガザ市を空爆 ネタニヤフ氏「強力な」

ワールド

新型弾道ミサイル「オレシニク」、12月にベラルーシ

ビジネス

米CB消費者信頼感、10月は6カ月ぶり低水準 雇用
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」にSNS震撼、誰もが恐れる「その正体」とは?
  • 2
    庭掃除の直後の「信じられない光景」に、家主は大ショック...ネットでは「ラッキーでは?」の声
  • 3
    コレがなければ「進次郎が首相」?...高市早苗を総理に押し上げた「2つの要因」、流れを変えたカーク「参政党演説」
  • 4
    楽器演奏が「脳の健康」を保つ...高齢期の記憶力維持…
  • 5
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 6
    「ランナーズハイ」から覚めたイスラエルが直面する…
  • 7
    「何これ?...」家の天井から生えてきた「奇妙な塊」…
  • 8
    「死んだゴキブリの上に...」新居に引っ越してきた住…
  • 9
    【クイズ】開館が近づく「大エジプト博物館」...総工…
  • 10
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 4
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 7
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 8
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 9
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 10
    庭掃除の直後の「信じられない光景」に、家主は大シ…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 9
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中