最新記事

日本社会

「汚部屋そだちの東大生」女性作者の壮絶半生 母親の影響を抜け出すまでの日々

2021年4月17日(土)12時12分
村田 らむ(ライター、漫画家、カメラマン、イラストレーター) *東洋経済オンラインからの転載

そもそもハミ山さん自身、部屋を片付ける習慣がついていないのだから上手に掃除ができるわけもなかった。

もちろんそのような状況で、清潔に保てるわけがない。ゴミの下には大量の虫が湧いていた。

「今だったら、ゴキブリが1匹いただけで『ギャー!!』って思うんですけど、当時は『ああ、いるなあ』くらいにしか思わなかったです。寝ているときに顔の上をゴキブリが歩いていることもよくありましたけど、それもなんとも思ってなかったです。

大小さまざまなゴキブリが何百匹、何千匹っているとなんだか慣れちゃうんですね。完全に感覚が麻痺していたんだと思います」

『汚部屋』『ゴミ屋敷』はテレビでもよく取り上げられる題材だ。そういう番組を見たら、ハミ山さんも

「自分の家もゴミ屋敷かもしれない?」

と気づいたかもしれない。

しかし部屋にあった大きなブラウン管のテレビは小学生の頃に壊れ、とっくにゴミに埋もれていた。高校時代はインターネットもできなかったので、外部にアクセスする手段はほとんどなかった。

得意な絵を生かして東京藝大へ現役合格

ハミ山さんは小さい頃から絵が得意だった。だから芸術大学に進学しようと思った。

「絵を描くのが好きだったか?と言われると疑問です。比較的得意で、それをやっていると褒められやすい。これをやったら得をするんだな、と考えてやっていたと思います」

そんな軽い気持ちで続けていた美術だが、ハミ山さんは東京藝術大学を受験し現役で合格した。東京藝術大学はかなり倍率が高く、進学するのがとても難しい大学の1つだ。

「すごく嬉しかったですね。大学って自由じゃないですか? そこではじめて自由を知りました。こんなに楽しい時間があるのか!!って毎日が楽しかったです」

ハミ山さんは母親に

「毎日が楽しい!!」

と伝えた。

母親は、喜ばなかった。

「うん、じゃあいつまでやるの?」

と言った。

「まさかいつまでも芸術大学になんかいないよね? 当然やめるよね?」

と強い圧力を、ハミ山さんにかけた。

「東京藝術大学を中退したのは、今でもすごく後悔しています。その頃の私は、もう20歳近い年齢になっているのに自我がまったくなかったんです。

母がそう言うならそうなんだろうな、と疑問にも思わず受け入れていました。考える力を育まれていないから、赤ちゃんみたいに言うことを聞いてしまいました」

半ば強制的に東京藝術大学に休学届を出した。そしてハミ山さんは、いわば仮面浪人の形で東京大学へ進学するための勉強をはじめた。

「『落ちたらどうなっちゃうんだろう?』

という危機感がすごかったです。

『来年は受かろうね?』

って母に言われて延々と受かるまで東京大学を受験させられたらたまらないと思いました」

必死に勉強して翌年受験に挑んだ。

ハミ山さんはなんと東京大学に合格した。東京藝術大学と東京大学のどちらも合格した人というのはまず聞かない。

『汚部屋そだちの東大生』は、東大入学のシーンからはじまる。晴れやかな入学式だが、帰る家は母の待つゴミ屋敷だ。

nw__20210416185531.jpg

『汚部屋そだちの東大生』の一コマ
 

「私のお祝い事があると母はチョコレートケーキをホールごと買ってきました。私はチョコレートケーキが苦手だったのですが、食べないと『あなたのせいでゴミになった』と私に罪悪感を植え付けながら、ケーキをゴミ箱に捨てました。

東大の入学が決まったときも、もちろんチョコレートケーキをホールごと渡されました。冷蔵庫は壊れていて入れられないので、渋々全部食べました」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日銀総裁、中立金利の推計値下限まで「少し距離ある」

ワールド

与党税制改正大綱が決定、「年収の壁」など多数派形成

ビジネス

日経平均は反発、日銀が利上げ決定し「出尽くし」も

ワールド

米国土安全保障省、多様性移民ビザ制度の停止を指示
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 2
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末路が発覚...プーチンは保護したのにこの仕打ち
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    ゆっくりと傾いて、崩壊は一瞬...高さ35mの「自由の…
  • 6
    中国の次世代ステルス無人機「CH-7」が初飛行。偵察…
  • 7
    おこめ券、なぜここまで評判悪い? 「利益誘導」「ム…
  • 8
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 9
    9歳の娘が「一晩で別人に」...母娘が送った「地獄の…
  • 10
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 9
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 10
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中