シニア犬をテーマにした体験型ドッグカフェ:犬と人が幸せになれる高齢化社会とは
シニア犬を「オープンな存在」に
『meetぐらんわん!』では、営業時間の午前10時から午後7時までの間で、1時間からの日帰りでカフェの一角に並べられたケージ内で預かる。ケージが苦手だったり、気晴らしが必要な場合には外に出してカフェのお客さんや他の来店犬と交流させたり、個々のニーズに応じて営業時間外の預かりにも対応する。一度に預かる上限は5頭まで。テーブル席4席のカフェという狭いスペースだが、それもスタッフの目が行き届く範囲で運営するためだ。
利用をシニア犬に限定するわけではない。ただ、カフェでは、若い犬や必要のない犬も含め、おむつの装着を推奨する。それには、いつかおむつをしなければいけない時が来た時のための「練習」の意味もあるという。また、「百聞は一見にしかず」で、まだ老化現象が出ていない犬の飼い主が実際に認知症の犬や足腰が立たなくなった犬を見て、将来の参考にしてほしいという思いもある。「雑誌の文字情報だけでは分からないことがたくさんあります」と中村さん。「体験型カフェ」とした狙いはそこにある。
中村さんはほぼ店に常駐する予定で、男性店長はドッグトレーナーの資格を持つ。また、ペットケアマネージャーらシニア犬の専門家にも定期的に来店してもらう予定だ。「カフェのお客さんが、スタッフをつかまえて『うちの子はこうなんだけど、どうしたらいい?』と相談できる場になれば。犬の介護を始めると、どうしても家にこもりがちになってしまいます。悩みや思いをみんなと分かち合うと介護疲れも癒やされるし、情報交換もできます。『オープンな介護』を実践することで、シニア犬そのものをオープンな存在にしたいと思っています」
シニアだという理由で診察やサービスを断るケースも
「シニア犬をオープンにしたい」という中村さんの言葉の背景には、"臭いものに蓋"ではないが、日本社会ではまだまだシニア犬が十分に社会に受け入れられていない実情がある。飼育放棄された保護犬の場合も、子犬や若い犬は比較的すぐに引き取り手が見つかるが、老犬はそうはいかない。筆者も、以前、自宅近くで年老いた迷い犬を保護したが、どこの保護団体に連絡しても「老犬は引き取り手がないから」と断わられ、結局うちで保護して最後まで看取った経験がある。長年取材している盲導犬育成団体の「(公財)アイメイト協会」でも、アイメイト(盲導犬)を引退した犬を引き取るリタイア犬奉仕者は、訓練前の子犬の飼育奉仕やアイメイトになれなかった犬を引き取る不適格犬奉仕に比べて希望者がかなり少ない。
中村さんも、専門誌を立ち上げてシニア犬の情報を発信するようになった経緯をこう話す。「2005年に独立して犬を飼える環境が整ったのを機に、実家から14歳のシー・ズーを呼び寄せたんです。ところが、実際にその子と暮らし始めるとシニアだということが理由で、色々な不便がありました。動物病院に連れていくと、『こんな年齢で新しい病院に来られても困る。元の病院に通い直してください』と診察を断られたことも。トリミングとペットホテルも断られ続けました」。当時はシニア犬の情報が少なく、まとまった情報の必要性を痛感した中村さんは、シニア犬専門のフリーマガジンを自ら発行することにした。
このように老犬が避けられる理由の一つは、責任回避であろう。平たく言えば、「うちで死んでもらっては困る」といった話だ。これまでにシニア犬向けの預かり施設やドッグカフェがほとんどなかったのも、この責任問題の壁があるからではないだろうか。リスクを負ってでもやるべきことだという覚悟を持ってオープンを迎える中村さんも、一定のリスクヘッジは考えている。「初めて預かる際には、しっかり飼い主さんにカウンセリングします。個々の状況に応じたケアをさせていただくと共に、双方の考え方が合わない場合にはお断りさせていただく場合も出てくると思います」と言う。
万が一の時には最高の見送り方を
『meetぐらんわん!』を各都道府県に1店ずつ出すくらいにまで普及させるのが中村さんの夢だ。そのように長く広く続けることになれば、当然、預かり中に危険な状態に陥ったり、最悪の場合は亡くなってしまう犬も少なからず出てくるだろう。中村さんは、「経験豊富なスタッフが、犬の状態を見て危険だと判断すれば飼い主にすぐに連絡をする」「最寄りの動物病院に連れて行く」という段階の先に、「スタッフ皆で誠心誠意看取る」というステージを今から想定している。
「万が一そうなった時には、そのワンちゃんが寂しくないように最高の見送り方をしてあげるのが務めだと思っています。そして、飼い主さんにどれだけ納得してもらえるか。どういうふうに亡くなったのかと代わりに見て伝えてあげることで、飼い主さんの気持ちを落ち着けるのが大事だと思います」
何百万年も人類と共に生きてきた犬にとって、「主人」と共に生き、その腕の中で最期を迎えるのが最高の幸せだ。一方、近年は高齢化などで最後まで看取れない家族も増え、全国に「老犬ホーム」が急増している。これもまた、最終的なセーフティネットとして必要な施設ではある。ただ、人間ならば自分の意思を伝え、家族の事情などとすり合わせて自らホームに入る選択肢も取れるが、ものを言えぬ犬にはそれができない。犬の場合はあくまで、家族・友人やボランティアといった一般家庭での引き取りを優先するべきで、ホームはやむを得ない場合の最終手段と考えるべきであろう。
1,000頭を超えるこれまでのアイメイト(アイメイト協会出身の盲導犬)のリタイア犬は、全てボランティアらのもと、一般的な家庭犬として余生を送った。アイメイト協会の塩屋隆男代表理事は、「主人となる人がいて、人間と共に暮らしていくのが犬の幸せです。そうした施設に入れてしまうのは当協会としては非常にかわいそうなことだと思っています」と語る。中村さんも同様に考えているため、『meetぐらんわん!』では、あくまで「一時預かり施設」という線を守ることにした。