最新記事

社会心理学

「人間関係の希薄さに救われることがある」これだけの理由

2019年5月29日(水)17時00分
荻上チキ(評論家)、高 史明(社会心理学者)

個人が人間関係に何を求めるかも鍵

こうした場合には、ネットワークの密度が低く、他の人の前とは異なる自分を見せられる相手がいる方が、よい効果を持つ。一つの鍵となるのは、「第三の関係」と位置付けられるようなものだろう。

家庭(第一の関係)とも、職場や学校(第二の関係)とも異なる、自分らしさを発揮できる場所(第三の関係)。個人の置かれたネットワークの性質によっては、他の人間関係と切り離された人間関係を持つことこそが、心理的安全をもたらしうるのだ。

同性愛者などのマイノリティ、あるいはステレオタイプや偏見により本来の自分とは異なる自分像を押しつけられがちな人々、あるいは「人目をはばかる趣味」を持つ人などにとって、既存の「緊密な関係性」から解き放たれた場所での人間関係の構築は、好ましい効果を持ちうるだろう。実際、一度緊密なネットワークから「避難」し、新たに別のネットワークを築くことで、アイデンティティを再構築する人はたくさんいる。

また、個人が人間関係に何を求めるかによっても、密度の効果は異なる。シー・ツォウら(2015)は、望ましい結果を得ること(「促進」と呼ぶ)や、望ましくない結果を避けること(「予防」と呼ぶ)をそれぞれどの程度得意とするかという個人差の影響を検討した。これまでの社会心理学の研究によれば、「促進」と「予防」はどちらも人々を動機づけるものであるが、そのどちらに焦点を当てやすいかには個人差があることが明らかにされてきた。

促進を得意とする人々は、自己の成長や達成を重視する。こうした人々にとっては、密度が低く多様性があるネットワークの方が、そこから多くの新しい機会や情報がもたらされるため、幸福感を抱きやすいと予測できる。

一方で、予防を得意とする人々は、安定や現状の維持に重きを置く。慎重な人だと言い換えてもいいかもしれない。そのため、ネットワークの密度が高く環境が安定している方が、幸福感を抱きやすいと予測できる。

そして実際、ネットワークの密度が高いことで幸福感の指標である人生満足度が高まるのは、予防を得意とする人々、促進を苦手とする人々のみであった(ただし促進が得意な人々は密度に関わらず人生満足度が高かった)。ネットワークの密度の高さは、全ての人にとってポジティブなわけではなかったのである。

また、密に連結されたネットワークは、密に連結されているがゆえに脆弱である場合がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 9

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 10

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中