大河『豊臣兄弟!』の主役豊臣秀長の真の姿――大和郡山城に刻まれた統治者の性格
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<NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」で仲野太賀さん演じる豊臣秀長はどんな人物だったのか。歴史評論家の香原斗志さんは「晩年の居城である大和郡山城をみれば、彼の戦略や戦術だけでなく性格もよくわかる」という――。>
居城を見れば豊臣秀長の本当の性格が見えてくる
城は、武将やその一族の生死や浮沈を分ける場で、同時に、権力者が権力を誇示しつつ、味方も敵も威圧する装置だったので、時代の最先端が導入された。だから城を見ると、それを築いた武将の戦略や戦術、あるいは権力者の権力のかたちや統治のあり方、そして性格にいたるまで、読みとることができる。
では、今年のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」の主人公、羽柴(豊臣)秀長のことは、その居城からどのように読みとることができるだろうか。秀長の最後の居城であり、臨終の地ともなった大和郡山城(奈良県大和郡山市)をとおして見ていきたい。
天正13(1585)年3月、天下一統に邁進する兄の秀吉は、朝廷から正二位内大臣に叙任され、あらたに紀伊(和歌山県)を平定した。それを受けて戦功があった秀長は、すでに領有していた播磨(兵庫県南西部)と但馬(兵庫県北部)に加え、紀伊と和泉(大阪府南西部)の統治を秀吉からまかされ、築城を命じられた。「岡山」あらため和歌山に築かれた和歌山城(和歌山市)だった。
秀吉は続いて、四国の長宗我部元親の制圧に乗り出す。同年6月、秀長を大将とする軍勢が四国に渡り、結局、秀吉は出陣しなかったので、秀長はそのまま総大将として軍勢を指揮し、7月25日、元親に土佐一国の統治を許すかたちで和議を結んだ。秀長のこの功績が大和郡山城につながっていく。
秀吉が弟を奈良に配置した意味
天正13年(1585)閏8月、秀吉は畿内周辺に配置されている諸将の国替えを断行した。このとき、秀長は四国討伐の功績が評価されて、これまで筒井家の領国だった大和(奈良県)の統治をまかされた。これは秀長にとって大出世だった。
日本の政治や文化の中心地は長きにわたって、山城(京都府南部)、大和、河内(大阪府東部)、和泉、摂津(大阪府北部、兵庫県南西部)の五畿内だった。そもそも「天下」という言葉が五畿内を指した。
秀長はすでに和泉を統治していたが、古都奈良を含む大和をあらたに与えられ、さらに和泉のすぐ南の紀伊も領有した。ほかに大和の東に位置する伊賀(三重県北西部)にも所領があり、石高は70万石後半から80万石前半におよんだ。むろん、羽柴一門では最大の石高だが、その領地が日本の中央に集中していたことから、いかに秀長が秀吉に信頼されていたかがわかる。
しかも、大和は興福寺や高野山など、古代から続く寺社権門の支配が各所におよぶ特別な土地柄で、その難しい統治を秀吉はあえて秀長に託した。そして、領国統治の拠点となったのが、筒井氏から受け継いだ大和郡山城で、秀長は天正14年(1586)から18年(1590)にかけ、大規模な工事を行って改修しつつ拡張した。
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