転機は『焼肉ドラゴン』...日本の演劇に魅了され、在日の物語を韓国に届ける女優コ・スヒの挑戦
HISAKO KAWASAKI-NEWSWEEK JAPAN
<一つの舞台が変えた人生。14年ぶりの再演に懸ける思いとは──>
日韓国交正常化60周年の2025年、両国で文化においても交流が活発化している。そんななか、演劇界で最も注目を集めるのが、在日コリアンの劇作家・鄭義信(チョン・ウィシン)が作・演出を手がける傑作『焼肉ドラゴン』の9年ぶり4度目の公演だ。
本作は、高度経済成長期の1970年代前後、関西地方を舞台に、慎ましくも懸命に生きる在日コリアン一家と、彼らが営む焼肉店「焼肉ドラゴン」に集う人々の人間模様を描いた物語。日本の新国立劇場と韓国の芸術の殿堂(ソウル・アーツ・センター)による共同制作として2008年に誕生して以来、熱狂的な支持を集め、日韓両国で数々の演劇賞を受賞してきた。
物語の精神的な柱であり、一家の「肝っ玉母さん」である高英順(コ・ヨンスン)役を演じるのは、初演(2008年)、再演(2011年)でも同役を演じた、韓国の女優コ・スヒ。彼女の『焼肉ドラゴン』への参加は、単なるキャスティングを超え、日韓の演劇交流の象徴的な出来事となった。言葉の壁、文化の壁、そして演劇がもつ普遍的な力について、コ・スヒに聞いた。
日本演劇との出会い
コ・スヒにとってこの日韓共同制作の舞台は、自らの演劇人生に予期せぬ転機をもたらした。それまで全く触れたことがなかった日本の演劇に彼女が初めて接したのは、『焼肉ドラゴン』初演の約1年前。文学座の演出家・松本祐子が韓国で行ったワークショップに参加したことがきっかけだったという。
「そのワークショップは、韓国芸術委員会が主催したもので、アジア出身の演出家たちを集めて行うというものでした。私は役者としてそこに呼ばれて参加しました」
そのワークショップで使われたのが鄭義信の戯曲『20世紀少年少女唱歌集』だった。
「松本祐子さんのワークショップ修了後に実際に公演も行われて、それをご覧になった鄭義信さんから、ちょうど1年後に『焼肉ドラゴン』への出演依頼があったんです」






