これは映画館で見るべき作品...人気モデル「リー・ミラー」が「ヒトラーのバスタブ写真」を撮るまで
Kate Winslet’s rich biopic of US photographer Lee Miller comes alive in its brutal war scenes

「ヒトラーのバスタブ写真」を再現 © BROUHAHA LEE LIMITED 2023
<映画『シビル・ウォー』主人公のモデルになった女性戦場カメラマンをケイト・ウィンスレットが熱演──(レビュー)>
リー・ミラー(Lee Miller)は、まさに20世紀を象徴する驚くべき人生を歩んだ人物だ。今年、アレックス・ガーランド(Alex Garland)監督の映画『シビル・ウォー アメリカ最後の日(Civil War)』でも彼女の名が言及されたが、本来ならもっと早くに映画化されるべき存在だった。
そんな彼女の生涯に正面から取り組んだのが、ケイト・ウィンスレット(Kate Winslet)が主演、エレン・クラス(Ellen Kuras)が監督を務めた新作伝記映画『リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界(Lee)』だ。
映画は、ミラーがカメラにフィルムを装填する場面から始まる。そしてシャッターを切った瞬間、爆発に巻き込まれる――彼女はホロコーストの惨状を記録した最初の写真家の1人であり、写真と暴力との関係はこのあとも繰り返し描かれていく。
この場面は、写真が今なお「真実の尺度」として機能していることを思い起こさせる。彼女の衝撃的な写真は「Believe it(信じよ)」という見出しと共に発表された。
今作は、晩年のミラーが自宅でインタビューを受けている様子をフレームとして、彼女の人生と作品を振り返る構成。観客は1930年代にタイムスリップし、芸術家として活動していた当時の彼女を垣間見ることができる。
特に印象的なのは、彼女が友人たちとピクニックを楽しんだ際に撮影した、最も有名な写真のひとつが再現される場面だ。その場にはアーティストのマン・レイや、のちに夫となるローランド・ペンローズの姿もあり、ペンローズを演じるアレクサンダー・スカルスガルド(Alexander Skarsgård)は控えめながら気品と魅力を漂わせている。
この1枚の写真を見れば、ミラーがいかに優れた才能の持ち主だったかがわかる。私は英グラスゴーのカフェの壁にこの写真が飾られているのを見たことがあるが、それは今でも脳裏に焼きついている。時代の空気をまといながら、静かに、しかし確かに衝撃を与える。不思議な魅力と余韻がある写真だ。
それを撮った彼女が、わずか10年足らずで、友人や自由、喜びを写していた日々から、ホロコーストの惨劇を記録する報道写真家へと変貌したという事実には、言葉を失う。
映画館で見るべき作品
この映画は、ぜひ映画館で観てほしい作品だ。なぜなら、再現された写真をその場で検索したくなる衝動を抑えてくれるからだ(大丈夫、エンドロールでちゃんと本物が登場する)。
とはいえ、ある意味「セカンドスクリーン向き」でもあり、スマホを片手にストリーミングで観たくなるような、そんな現代的な魅力も備えている。
キャスト陣もとても豪華だ。スカルスガルドに加え、インタビュアー役にはジョシュ・オコナー(Josh O'Connor)、そしてフランス版『ヴォーグ』の編集長でありホロコーストの生存者でもあるソランジュ・ダイエンを演じるマリオン・コティヤール(Marion Cotillard)が、小さいながらも強烈な印象を残す。
『ライフ』誌の写真家デイヴィッド・シャーマンを演じるアンディ・サムバーグ(Andy Samberg)は、コメディではない真剣な役柄に初挑戦し、その可能性を見せる。ただし、出演時間は決して少なくないものの、与えられた役割はやや薄味だ。
一方でアンドレア・ライズボロー(Andrea Riseborough)は、英国版『ヴォーグ』の編集長オードリー・ウィザース役で、映画を食う勢いだ。いわゆるRP(容認発音)と「堅い口調」が特徴の今や「絶滅危惧種」な英国的編集者を好演している(ホラー映画『ポゼッサー(Possessor)』でライズボローを観た人は、あまりのギャップに戸惑うかもしれない)。
ケイト・ウィンスレットは、リー・ミラーの人生のさまざまな側面をどれもリアルに体現している。人気モデルとしてキャリアをスタートし、当時の一流写真家たちから学んだミラーは、パリではマン・レイに師事して美術写真の世界に入る。
その後、イギリスのナチス・ドイツへの宣戦布告と同時にロンドンへ移り、『ヴォーグ』誌の戦時カメラマンに自ら志願する。
戦前の活気に満ちた日々、そして生涯を通じて彼女が闘い続けた男性優位社会への抵抗。そのエネルギーが画面から伝わってくる。
物語の合間には、壮絶な経験を経て、無言のまま過去を背負う晩年のミラーの姿も挿し込まれる。恐怖を、丁寧に、そして忠実に記録し続けた代償が、彼女の表情に刻まれている。
内面に迫るクローズアップ
ウィンスレットは、ミラーの人生のさまざまな局面を軽やかに演じ分けているが、ミラーが前線に到達するまでは、どこか映画全体が硬直しているようだ。クラス監督のカメラは、ミラーが戦地に赴いてから、ようやく主観性を帯びはじめ、映画がミラー本人のように柔軟で創造的なリズムを持つようになる。
手持ちカメラや肩越しショットの使用が観客をミラーの視点に引き込み、彼女はもはや距離を置かれた存在ではなくなる。インタビュー場面では見られなかったような緊密なクローズアップはその内面に迫るのだ。
この演出は明らかに意図されたものであり、監督の手腕の証とも言える。ただ、戦場以外の場面でも、ミラーやウィンスレットの演技にもっと寄り添いたかった、という思いも残る。
そして映画全体の硬さを助長しているのが、いかにもフィルム・ノワール風のナレーションだ。ミラーの内面を語るにはあまりに凡庸で、聞き慣れたトーンに終始しており、彼女の思考を本質的に掘り下げているとは言いがたい。
クラスとウィンスレットは、実験的な映画『エターナル・サンシャイン(Eternal Sunshine Of The Spotless Mind)』(2004年)で初めてタッグを組んでいるだけに、今回の作品でももっと大胆なスタイルの挑戦があると期待していた。
というのも、ミラー自身がシュルレアリスムの影響を強く受けていた人物だからだ。
だが、登場するのは「ブーツと弾薬」を写した1枚や、有名な「ヒトラーのバスタブ写真」など、限られた引用にとどまり、彼女の芸術的な感性までは掘り下げられていない。
戦場に生きる女性
この映画は、ひとりのアーティストの肖像であると同時に、20世紀中盤における女性たちの扱われ方をも描いている。
正当な評価を受けられなかった『ヴォーグ』の女性編集者たち、空を飛ぶことを禁じられた女性パイロット、パリの路上で恥をかかされた若い女性たち──リー・ミラーのレンズを通じて、彼女たちが置かれた苦境が丁寧に写し出される。
そして皮肉なことに、映画の中でミラーが直面する日常的な性差別は、ウィンスレット自身がこの映画を完成させるまでに費やした8年の道のりとも重なる。これだけのキャストを集められる彼女でさえ、こうしたプロジェクトを実現させるのに苦労したという事実には驚かされる。
つい考えてしまうのは、もしこの映画が、同じように優れた男性の戦場カメラマンを題材にし、ハリウッドでウィンスレットと同格の男性俳優がプロデュースしていたとしたら――きっと、もっと早く企画が通っていたのではないか、ということだ。
Douglas King, Lecturer in Filmmaking, University of the West of Scotland
This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

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