最新記事
MLB

野球の伝説タイ・カッブ、数々の悪評は真実か誤解か? 裏側を探る

Major League Error

2024年6月28日(金)18時50分
チャールズ・リアーセン(ジャーナリスト)
カッブのスライディングは相手チームの選手を狙っているともいわれた(1925年頃) HIRZ/GETTY IMAGES

カッブのスライディングは相手チームの選手を狙っているともいわれた(1925年頃) HIRZ/GETTY IMAGES

<卑劣漢かつ人種差別主義者と信じられてきた名選手の数々の悪評には、ほとんど根拠がなかった>

今は、悪人が相応の報いを受けにくい時代。だから先頃、MLB(米大リーグ)が伝説の強打者タイ・カッブの生涯打率記録を歴代1位から2位に修正したというニュースに、多くのスポーツファンが歓喜した。

カッブは1905~28年に、主にデトロイト・タイガースでプレー。通算打率3割6分7厘という驚異的な数字を残し、つい最近まで誰も超えられない選手とされていた。


カッブはあの時代の最もエキサイティングな選手だった。3球連続で二盗、三盗、本盗を決めたこともあれば、投手への当たり損ねのヒットをランニングホームランにしたこともある。

一方で、「ジョージア・ピーチ」の異名を取ったカッブは、卑劣な人間だったといわれてきた。スパイクの靴底の歯を研ぎ、スライディングの際に相手の内野手を目がけて足を高く上げたとされる。

何よりもカッブは、たちの悪い人種差別主義者だといわれていた。ホテルの黒人従業員の態度が気に入らず、ナイフで刺したという噂もあった。ある野球史家は、カッブが路上で「アフリカ系アメリカ人の男性たちをピストルで容赦なく殴った」と書いた。

カッブは89年のケビン・コスナー主演の映画『フィールド・オブ・ドリームス』で侮辱され(ある登場人物が「あのクソ野郎のことを誰が我慢できた?」と言う)、94年には伝記映画で性犯罪者として描かれ、ケン・バーンズ監督のテレビドキュメンタリー『ベースボール』でも「野球界の恥さらし」と呼ばれた。アメリカの国民的娯楽の長い歴史の中で、これほど悪口を言われた選手はいないだろう。

カッブの生涯打率が2位に修正されたことの「美しさ」は、その経緯にある。MLBはこのほど、かつて存在したニグロリーグ(黒人リーグ)の個人成績をMLBの記録に正式に組み込んだ。その結果、歴代首位打者にジョシュ・ギブソンが躍り出た。

ギブソンはカッブと同じジョージア州出身。16年間で3割7分2厘の生涯打率を残した黒人だ。白人至上主義者が奴隷の孫に負けるという甘美な正義に、人々は満足した。

しかしカッブの伝記を書くために3年以上にわたって彼を調べた者として、私はこの展開に1つだけささやかな問題があると考えている。あの伝説上のタイ・カッブは、そもそも存在しなかったのだ。

カッブが卑劣な人間だったという話は、61年の彼の死去後に流布された神話でしかなかった。これは、私にとっても大変な驚きだった。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:米政界の私的チャット流出、トランプ氏の言

ワールド

再送-カナダはヘビー級国家、オンタリオ州首相 ブル

ワールド

北朝鮮、非核化は「夢物語」と反発 中韓首脳会談控え

ビジネス

焦点:米中貿易休戦、海外投資家の中国投資を促す効果
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    【クイズ】12名が死亡...世界で「最も死者数が多い」…
  • 7
    海に響き渡る轟音...「5000頭のアレ」が一斉に大移動…
  • 8
    必要な証拠の95%を確保していたのに...中国のスパイ…
  • 9
    【ロシア】本当に「時代遅れの兵器」か?「冷戦の亡…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 10
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 8
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 9
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中