最新記事

映画

撮れないものを撮ろうとする欲望、この夏最大の<超難解>スペクタル映画とは?

A Polarizing Movie From Peele

2022年8月26日(金)13時11分
デーナ・スティーブンズ(映画評論家)
ダニエル・カルーヤ

牧場を経営する一家の長男OJ(ダニエル・カルーヤ)は、父の死をきっかけに想像を絶する恐怖に遭遇する UNIVERSAL PICTURESーSLATE

<衝撃的オープニングの謎、そしてアメリカ映画へのオマージュと批判を2時間に凝縮するなんて無理──を承知で挑んだ心意気。「最悪の奇跡」の話題作、ついに日本公開>

懐かしいマカロニ・ウエスタンやエイリアンの襲来劇、深いトラウマを抱えた男や愚かしい人類の環境破壊の物語、そして19世紀末に始まるアメリカ映画産業の歴史と功罪をめぐる素敵な考察──。

コメディアンでもある黒人監督ジョーダン・ピールの長編第3作(脚本も監督が手掛けた)『NOPE⁠/ノープ』には、そのどれもが含まれるが、何かが足りない感じもする。

過去2作に比べるとずっと巨額の予算を投じ、スケールも大きい作品で、監督はさまざまなジャンルや映像、アイデアを一緒くたにし、力ずくですりつぶしている。

ただしシニカルではなく、大ヒット狙いの映画でもない。むしろ監督のビジョンを独創的な形で表現した作品であり、それでもまだ監督の頭の中には消化し切れない何かが残っているようだ。

そもそも、わずか2時間余りの上映時間に小説1冊分の複雑なテーマを詰め込もうというのが無謀な冒険だ。結果として物語は猛スピードで展開し、時間はあっという間に過ぎていく。おかげで映画的には素晴らしくスリリングな結末へと向かうのだが、物語としてはどうも引っかかるところがある。前半の1時間で提示された重い問題のいくつかは、答えのないままに終わっている。

それを消化不良と感じるか、問題意識の濃さ・深さとみるか。それは見る人によって異なるだろうし、同じ人でも見るたびに異なるかもしれない。だから筆者は、この映画を何度でも見たいと思う。

さて、まずは前半の1時間。ハリウッドに程近い砂漠地帯にあって、映画業界の周縁部で食いつないでいる2つの小さな会社が舞台だ。

1つは「OJ」の愛称で呼ばれるオーティス・ヘイウッド・ジュニア(ダニエル・カルーヤ)と妹のエメラルド(キキ・パーマー)が切り盛りする先祖代々の牧場。映画に出演する馬を育て、訓練して大手のスタジオに貸し出すのが仕事だ。

序盤の印象的な場面で、エメラルド(通称エム)はCM撮影の準備をしているスタッフに、映画の原型とされるエドワード・マイブリッジの連続写真(1878年)で競走馬にまたがっている黒人騎手こそ自分とOJの高祖父の父だと自慢げに告げる。

衝撃的オープニングの謎

OJとエムの父親オーティス・シニア(キース・デイビッド)は、冒頭すぐに謎めいた死を遂げる。思慮深いOJと陽気で夢見がちな妹エムは疎遠だったが、父の死をきっかけに仲直りし、牧場ビジネスを守るために力を合わせる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

FRB、政策決定で政府の金利コスト考慮しない=パウ

ビジネス

メルセデスが米にEV納入一時停止、新モデルを値下げ

ビジネス

英アーム、内製半導体開発へ投資拡大 7─9月利益見

ワールド

銅に8月1日から50%関税、トランプ氏署名 対象限
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目にした「驚きの光景」にSNSでは爆笑と共感の嵐
  • 3
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い」国はどこ?
  • 4
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 5
    M8.8の巨大地震、カムチャツカ沖で発生...1952年以来…
  • 6
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突…
  • 7
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 8
    「自衛しなさすぎ...」iPhone利用者は「詐欺に引っか…
  • 9
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 10
    街中に濁流がなだれ込む...30人以上の死者を出した中…
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの習慣で脳が目覚める「セロ活」生活のすすめ
  • 3
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜つくられる
  • 4
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 5
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心…
  • 6
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 7
    「様子がおかしい...」ホテルの窓から見える「不安す…
  • 8
    タイ・カンボジア国境で続く衝突、両国の「軍事力の…
  • 9
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 10
    中国企業が米水源地そばの土地を取得...飲料水と国家…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 6
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 7
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 10
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中