最新記事

話題作

必ず2回見たくなり、2回目に全てが納得できる『パワー・オブ・ザ・ドッグ』

Tragic but Exhilarating

2021年12月17日(金)15時16分
デーナ・スティーブンズ(映画評論家)
『パワー・オブ・ザ・ドッグ』

偏屈で残酷な牧場主フィルを演じるカンバーバッチ KIRSTY GRIFFIN/COURTESY OF NETFLIX

<ジェーン・カンピオン監督の12年ぶりの劇場用映画『パワー・オブ・ザ・ドッグ』。カンバーバッチ主演で、残酷かつ濃厚な人間関係が描かれる>

ニュージーランド生まれの映画監督ジェーン・カンピオンは、今の時代には珍しく文学性の高い作品を撮る。40年近いキャリアを通じて発表した長編8本のうち、最新作の『パワー・オブ・ザ・ドッグ』を含む4本は小説を下敷きにしているし、2本は作家(母国の有名な女流作家と、夭折の英国詩人)の生涯を描いた伝記ものだ。

しかし、必ずしもせりふを詰め込むタイプではない(最新作でも言葉は少なく、かつ断片的だ)。その代わりストーリーはコンパクトで描写は濃密だから、一編の小説のような映画に仕上がる。

一方で、彼女は製作にたっぷり時間をかける。一本撮り終えたら他の監督に脚本を提供したり、テレビドラマ(直近では独創的なミステリー『トップ・オブ・ザ・レイク 消えた少女』)を手掛けたりして気持ちをリセットする。

だから今度の作品と前作『ブライト・スター いちばん美しい恋の詩』(夭折の詩人ジョン・キーツの切ない恋を描いた秀作)の間には、実に12年ものギャップがある。

ひとつ当てたら続編を次々と繰り出す昨今の風潮にもカンピオンは背を向ける。『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(原作は開拓時代の米西部を舞台とするトマス・サベージの1967年の小説)も、前作とは構成も感性も大きく異なる。なにしろ始まりは、切ない恋どころか、幸せそう(に見えて実はしたたかで計算ずく)な結婚だ。

古い屋敷での手に汗握る心理戦

結ばれたのは小さな町の下宿屋で料理人として働く寡婦ローズ(キルステン・ダンスト)と、牧場を営む裕福なジョージ(実生活でもダンストのパートナーのジェシー・プレモンス)。新婚の二人は人里離れた広大な牧場で暮らし始めるが、そこには最高に風変わりな同居人が待っていた。ジョージの兄のフィル・バーバンク(ベネディクト・カンバーバッチ)だ。

この男は弟の連れてきた新妻ローズへの敵意を隠そうともせず、隙さえあれば彼女をいじめ、あの手この手で二人の仲を引き裂こうとする。その意地悪さは天下一品だ。

そこへ、ローズの息子で10代半ばのピーター(コディ・スミット・マクフィー)が加わる。普段は寄宿制の学校にいるが、夏休みに入ったので母の暮らす牧場にやって来た。人付き合いが苦手で傷つきやすいピーターと、ますますサディスティックになっていくフィル。古くて大きな屋敷に閉じ込められた4人の複雑微妙な関係は緊迫の度を高め、今や爆発寸前に......。

こうした手に汗握る心理戦に、方向感覚を失わせるほど広大なアメリカ西部の風景(舞台はモンタナ州という設定だが、実際の撮影はニュージーランドで行われた)、不協和音を多用したジョニー・グリーンウッドの音楽が重なり、一段と不安感をあおる。もしかして、この映画はポール・トーマス・アンダーソン監督の傑作『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007年)に対する女性の視点からの回答なのか。筆者はそんな印象さえ抱いた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

神田財務官、介入有無コメントせず 過度な変動「看過

ワールド

タイ内閣改造、財務相に前証取会長 外相は辞任

ワールド

中国主席、仏・セルビア・ハンガリー訪問へ 5年ぶり

ビジネス

米エリオット、住友商事に数百億円規模の出資=BBG
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 7

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    美女モデルの人魚姫風「貝殻ドレス」、お腹の部分に…

  • 10

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中