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恋の情趣・風雅・情事 ── 江戸の遊廓で女性たちが体現していた「色好み」とは

太夫たちの人柄も後世に伝えられていきます。人に物をねだらず、欲張らず、鷹揚でゆったりしているのが太夫の特徴でした。

それほど何もかも揃った人が本当にいたのだろうか? と思うかも知れませんね。確かに、これは一種の理想像だと思われますが、実在の太夫について語り伝えられ、それらが集合した像であることは確かです。

「色好み」の日本文化

ここに並べた遊女の能力や人柄は、和歌や文章や筆など平安時代の文学にかかわること、琴や舞など音曲や芸能にかかわること、中世の能や茶の湯や生け花、漢詩、俳諧など武家の教養にかかわること、着物や伽羅や立ち居振る舞いなど生活にかかわることなど、ほとんどが日本文化の真髄に関係しています。

そしてこれらの、特に和歌や琴や舞などの風流、風雅を好む人を平安時代以来「色好み」と呼んでいました。「色」には恋愛や性愛の意味もありますが、もともとは恋愛と文化的美意識が組み合わさったもので、その表現としての和歌や琴の音曲を含むものだったのです。

遊女が貴族や大名の娘のように多くの教養を積んでいたのは、日本文化の核心である色好みの体現者となり、豪商や富裕な商人、大名、高位の武士たちと教養の共有、つまり色好みの共有を果たすことが求められていたからでしょう。これらの伝統的文化に遊ぶことこそが、彼らにとっての「遊び」だったのです。

しかし遊廓にはもうひとつの側面があります。それが売色です。色を好み趣味を共有する、その「色」の中には恋愛、性愛が含まれました。

性愛そのものは人類の存続を支えるもので、人の愛情の根幹を成すものです。恋愛は人間の精神にとって大切な感情です。だからこそ人権に価値を置く時代になれば、恋愛や性愛は力の不均衡、不平等のもとでは成り立たないのです。独立した人格を認め合い、尊敬し合う関係の中で初めて価値を持つのです。

遊女の物語の中には、客との間にまさに友情と言えるものを作り上げる話もあります。しかし遊廓の制度そのものはすでに述べたように、女性を、借金の抵当や担保として位置づける制度でした。

借金をするのはたいていの場合家族で、遊女たちの多くは家族のために借金を返し終わるまで、または最初に交わした契約の中にある年季の終わるまで、遊廓で客を取り続けます。稀に女性が芸能を楽しむために客として来る例外もありますが、ほとんどは男性で、茶屋を介して遊女の抱え主に金銭を支払います。遊女の抱え主は、借金のかたが逃げないよう、管理を怠りません。そしてこの制度は、幕府に公式に認定されていた「公娼制度」でした。

女性が遊女になるのはどんなときか

これは女性の人生にとっては一時的な拘束ですので、決して奴隷制度ではありません。大いに稼げば早くやめることができますし、誰かが借金を全額払ってくれれば、すぐにでも遊廓を出られます。その後、吉野太夫のように結婚する人もいます。しかし一時的にせよ、自由を拘束されます。

では、そういう遊女たちを抱える遊廓はなぜ存在できたのか? その根本を考えると、女性が単独で働く場所が限られていることに気づきます。

江戸時代の農漁山村では家族全員で働きましたし、商家でも夫婦で働きました。都会でもほとんどの女性が何らかの仕事を持っていました。専業主婦という存在はありませんでした。質素でもこつこつと生活のために働く道は、女性にも開かれていたのです。

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