最新記事

海外ノンフィクションの世界

料理は科学!スクランブルエッグは空気と塩でこんなに変わる

2017年12月12日(火)17時15分
上川典子 ※編集・企画:トランネット

写真はイメージです robynmac-iStock.

<「飯テロ」写真を続々と繰り出す全米屈指のフード・インフルエンサー、J. ケンジ・ロペス=アルト。この度、美味しく料理するための科学的なコツを400ページ超の本にまとめた>

あなたにとって料理とは何だろうか。心躍る楽しみ? 気の重い日課? 脈々と受け継がれる文化?

米マサチューセッツ工科大学(MIT)を卒業した異色の料理人であり、今や全米屈指のフード・インフルエンサーとなったJ. ケンジ・ロペス=アルトは、そうした答え全てを正解だとしたうえで、こう定義する。料理とは食材と技術をインプット、美味しく食べられるものをアウトプットとする科学だ――。

食欲が生を永らえ、種を保つための生理的欲求であるのに対し、「美味しく食べる」ために料理をするというのは人間だけの行為である。タマネギを切るという場面ひとつをとっても、そこには食味を向上させようという意図があり、そのためには繊維をどのように切断するのが最善か、経験則に従って包丁を使っている。あるいは、最善だと信じている調理法を親から子へ、師から弟子へと伝えている。

ロペス=アルトはそうした手法に「なぜ?」「本当に?」と疑問を投げ掛ける。科学を信奉する者としての資質と知識を礎に、職業料理人として磨いた腕を存分にふるい、嬉々として実験を繰り広げる。

検証結果をレシピへと落とし込んでインターネット上で発表するのだが、撮影も自らが手掛けており、彼がチーフアドバイザーを務める料理サイト「Serious Eats」や彼個人のインスタグラムには、日本のネットスラングで言うところの「飯テロ」と呼びたくなるような写真がずらりと並んでいる。

だが、ネットには形式上の限界がある。もっと子細に根拠を説き、きちんとしたデータも提示したい。見やすくレイアウトしたい。そのような思いから著されたのが『ザ・フード・ラボ ~料理は科学だ~』(筆者訳、岩崎書店)である。

当然のことながら写真以上に文字が多く、グラフや図表もあり、ハードカバーで400ページ以上とずっしり分厚い。しかし、そこに本書の価値はある。ニューヨーク・タイムズ紙が「インターネット・クッキングのオタク王」と称したロペス=アルトの語りは、こだわりとユーモアに満ち満ちている。

あるときは幸せな結婚生活のために「クリーミーなスクランブルエッグ」と「ふわふわのスクランブルエッグ」の両方をマスターしようと奮闘し、実験に胸を高鳴らせ、卵に対する塩の劇的なまでの作用に目を見張る。

またあるときは、家中に染みついたステーキの匂いに辟易する配偶者を横目に、牛肉の焼き付け実験を繰り返す。科学的な正しさで完成した一皿はどれも誇らしげに輝き、読者の心を自宅の台所へと向かわせる。

ただし、ポンドはグラムに換算され料理家の監修も経ているが、それでもやはり食材、分量、道具はアメリカ的だ。骨付きのショートリブ2.3kgなどと目にすれば、日本の家庭料理人は少し腰が引けるかもしれない。それでも案ずることはない。「料理は科学だ」という視点で読み進めれば押さえるべきポイントが自ずと掴め、日常の中で自在に応用できる力が備わる。これぞ科学の普遍性ではないか。

trannet171211-2.jpg

「白身を損なわずに殻をきれいにむく裏技」から「卵の鮮度はどこで見分けるか」まで、『ザ・フード・ラボ ~料理は科学だ~』は「卵の買い方と保存方法」だけで8ページを費やしている

trannet171211-3.jpg

『ザ・フード・ラボ ~料理は科学だ~』には、科学的な解説だけでなく、レシピも豊富。こちらは「世界一のシナモンロール」のレシピより

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

中国、次期5カ年計画で銅・アルミナの生産能力抑制へ

ワールド

ミャンマー、総選挙第3段階は来年1月25日 国営メ

ビジネス

中国、ハードテクノロジー投資のVCファンド設立=国

ワールド

金・銀が最高値、地政学リスクや米利下げ観測で プラ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 4
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 5
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 8
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 9
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 10
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 5
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 6
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 7
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 8
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 9
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 10
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中