最新記事

映画

ひと味違う少年と負け犬の物語『シーヴァス』

闘犬をテーマに社会の残酷さと少年の成長を描く『シーヴァス 王子さまになりたかった少年と負け犬だった闘犬の物語』のカアン・ミュジデジ監督に聞く

2015年10月26日(月)18時01分
大橋 希(本誌記者)

リアリティを求めて 「舞台背景から演技まですべてにおいて現実味を追求した」とミュジデジ監督は話す ©COLOURED GIRAFFES

 少年と犬の物語といっても、素直な愛らしさや感動に包まれた映画ではないのが『シーヴァス 王子さまになりたかった少年と負け犬だった闘犬の物語』。昨年のベネチア国際映画祭で審査員特別賞を獲得したトルコ映画で、日本公開中だ。

 11歳の主人公アスランは友達からのけ者にされ、好きな女の子には冷たくされ、学校で演じる「白雪姫」では狙っていた王子様役を村長の息子に取られてしまう。アスランはある日、闘犬で破れて瀕死となったシーヴァスを手当てし、屈強な犬に育て直すのだが......。
 
 アスランの葛藤と成長、乾いた大地の光景と暴力の無意味さが心に残る。闘犬の場面は非常に現実味があり、トルコでは上映中に抗議のために席を立つ人もいたほどだとか(実際にはどの犬も傷付けられていない)。カアン・ミュジデジ監督(35)に話を聞いた。

――主人公アスランにはあなた自身が投影されている?

 もちろん私の子供時代とか、経験したあらゆることがそれぞれのキャラクターや作品の中に映っている。それはアスランだけでなく、もう少し残酷で悪い登場人物にも、犬や馬にも投影されている。

――犬にも? 負けても立ち上がるようなところだろうか。

 そうだね。例えば私は映画を勉強したくてベルリンに移住したが、映画学校への入学が認められなかった。自分はまったく価値のない人間で、もう映画を撮ることもできないのではないかと思って絶望的な気分になった。でも、そのときにその学校に入学した友人もいるが、彼らにはまだ監督作品がない。

――以前に闘犬についてのドキュメンタリーも撮っている。残酷な闘犬に引かれるのはなぜか。

 この映画の中には国のシステムというか、国の構造があると思っている。劇中では兵士が、違法行為である闘犬に目をつぶる場面がある。つまり観客は違法な物との接し方を目にするんだ。

 空手やボクシングといった合法的な闘いでは、違法行為を許している国、残酷な世界、男社会、それに対する子供の気持ちや動物たちの状況とか、そこで起きているいろいろな問題を表現できなかった。

――女性の登場人物は、アスランの同級生のアイシャだけだが。

 確かにここには女性の存在がない。でも存在しないことが、その必要性を感じさせることがある。女性が見えない、こういう社会はなんてひどいんだと思わせる映画になったと思う。アイシャも子供であって女性ではない。

 役者が演じているものは、良い役と悪い役に大別できる。特に大人の男たちはみんな悪者で、動物と子供たちは良い役。宮崎駿監督の『もののけ姫』を思い出すかもしれない。

――トルコは広い国だが、舞台となったアナトリア地方に独特の文化というのはあるのか。

 トルコには中部、黒海地方、地中海地方などいろいろな地方があり、それぞれ文化や習慣は違ったりする。日本みたいにね。ただ、私がこの映画で土台としているのは人間の気持ちや感覚。それは地方や国によって違うものではない。人間は同じ状況であれば、同じような感情を持つ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日経平均は続伸で寄り付く、米国の株高とハイテク好決

ビジネス

マイクロソフト、トランプ政権と争う法律事務所に変更

ワールド

全米でトランプ政権への抗議デモ、移民政策や富裕層優

ビジネス

再送-〔アングル〕日銀、柔軟な政策対応の局面 米関
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 8
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 9
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 10
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中