最新記事

映画

ウディの新境地『それでも恋するバルセロナ』

2009年7月1日(水)15時33分
ジェニー・ヤブロフ

 幼い頃からアレンは運命の不条理に頭を悩ませてきた。「5歳まではとても陽気な子だったと、母が言っていた。5歳を境に陰気な子になったらしい」。死を意識したせいだと、アレンは振り返る。本人の記憶では、揺りかごにいた頃から死を考えていたという。

「普通の子供より揺りかごに長居したのかもしれないけどね」。そう言っていたずらっぽく笑う表情を見ていると、虚無的な言動も演技ではないかと勘繰りたくなる。だが、古代ギリシャの悲劇詩人ソフォクレスの言葉「この世に生まれてこないのが何よりの恵み」に共感すると語る顔は真剣だ。

 普段は暗い人生観が家族に伝染しないように気を付けている。「こういうことをぺらぺら娘たちに話したりしない。前向きでいようと精いっぱい頑張ってるんだ」

 観客が陰気な人生観にうんざりしかねないことも理解している。『ハンナとその姉妹』は自分が演じたキャラクターが恋人に捨てられ、孤独になったところで終わらせたいと思ったが、観客の反応を考えてやめた。

「美しい町の美男美女」も結末は...

 とはいえ、現実の人生にハッピーエンドはないというのがアレンの持論だ。「『スターダスト・メモリー』のオープニングシーンみたいなものさ。汽車の行き着く先はみんな同じ。ごみ捨て場だ」

 特に死が心に重くのしかかる時期なのかもしれない。『それでも恋するバルセロナ』の撮影中、敬愛するイングマール・ベルイマンとミケランジェロ・アントニオーニ両監督が亡くなった。長年、プロデューサーを務めた盟友チャールズ・ジョフェも08年に死去した。「年を取ると時間の概念が変わる」とアレンは言う。「人生のはかなさや無意味さを痛感するんだ」

 ただ不思議なことに、話を聞いていて暗い気持ちにはならない。むしろ人生の意義は日常の小さな積み重ねにあると説く陳腐な人生論を拒否する姿勢には、すがすがしさを覚える。

 アレンの日常に楽しみがないわけではない。楽しみが積み重なっても救いにはならないと思っているだけだ。「おいしい食事をして、いい音楽を聞けば、そりゃ楽しい。ただ、そういうものが積み重なって何かを生むわけではない」

 この見方は『それでも恋するバルセロナ』にも反映されているという。「美しい町と美男美女を見た観客は、ああ楽しい映画だったと感じるかもしれない。それはそれでいい。でも僕の考えでは、どの登場人物も結末は不幸せだ」

 次回作には厭世的な芸風で知られるコメディアンのラリー・デービッドを起用した。「人間性を直視する映画と現実から逃避させてくれる映画、どちらにより価値があるのか簡単には決められない」と、アレンは言う。

「ベルイマンの難解な映画より、フレッド・アステアのミュージカルのほうが人々の役に立っているとみることもできる。ベルイマンは絶対に解決できない問題を題材にするけれど、アステアの映画では登場人物がシャンパンのコルクをぽんと抜き、たわいないおしゃべりを交わす。レモネードみたいに観客を元気にしてくれる」

 けれど映画館を1歩出れば、そこは偶然が人を翻弄し、人生が意味を持たない世界。念のため、私たちもバナナの切り方に気を付けたほうがいいかもしれない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国春節の9連休、国内旅行と消費支出を押し上げ

ビジネス

グーグル、データセンター向けに米電力会社2社と契約

ワールド

米、ロシアとUAEの個人・団体にサイバー関連の制裁

ビジネス

アップル、AIなど技術投資優先 株主総会でCEO表
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本人が知らない AI金融の最前線
特集:日本人が知らない AI金融の最前線
2026年3月 3日号(2/25発売)

フィンテックの進化と普及で、金融はもっと高速に、もっとカジュアルに

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医師がすすめる意外な健康習慣
  • 2
    米国の中国依存が低下、台湾からの輸入が上回る
  • 3
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く高齢期の「4つの覚悟」
  • 4
    3頭のクマがスキー客を猛追...ゲレンデで撮影された…
  • 5
    「水道水」が筋トレの成果を左右する...私たちの体に…
  • 6
    カビが植物に感染するメカニズムに新発見、硬い表面…
  • 7
    「IKEAも動いた...」ネグレクトされた子猿パンチと「…
  • 8
    「極めて危険」──ゼレンスキー、ロシアにおける北朝…
  • 9
    IMF、日本政府に消費減税を避けるよう要請...「財政…
  • 10
    武士はロマンで戦ったわけではない...命を懸けた「損…
  • 1
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より日本の「100%就職率」を選ぶ若者たち
  • 2
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医師がすすめる意外な健康習慣
  • 3
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く高齢期の「4つの覚悟」
  • 4
    「水道水」が筋トレの成果を左右する...私たちの体に…
  • 5
    「#ジェームズ・ボンドを忘れろ」――MI6初の女性長官…
  • 6
    カビが植物に感染するメカニズムに新発見、硬い表面…
  • 7
    海外(特に日本)移住したい中国人が増えている理由.…
  • 8
    100万人が死傷、街には戦場帰りの元囚人兵...出口な…
  • 9
    ロシアに蔓延する「戦争疲れ」がプーチンの立場を揺…
  • 10
    米国の中国依存が低下、台湾からの輸入が上回る
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 5
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 6
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 7
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 8
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中